2学期もお世話になり、ありがとうございました[Ⅱ-246]
先日、「今年、最も嬉しかったことの一つは、博くんと何十年ぶりに連絡がとれたことでした。学校のHPから(偶然見つけた―中村)、生き生きと児童に接しているお姿が拝察でき、しみじみと感銘を受けました。一緒によく遊んだHKくんとは、昨年、コンタクトがとれ、今年から賀状の交換を再開しました。(中略)団地は(私たちが暮らしていた―中村)現在、再開発中で、博くんやKくんと遊んだ団地や芝生は、鉄柵で仕切られ、近づくこともできませんでした。時代の流れを感じさせられます。/来年は我々の世代も50代後半。多難な年になりそうですが、健康第一にやっていければ、と思っています。博くんのご自愛を祈願しております。状況が落ち着いたら、Kくんと3人でお会いしたいものです。(後略)」という便りと、ご本人が書かれた新聞記事をいただきました。恥ずかしながら「博くん」というのは私で、連絡をくれたSくんは幼馴染。Sくんが偶然、初等部のHPの写真を見て、ひょっとしたら「博くん」かもしれないということで便りをいただきました。その時も、それからも嬉しくて嬉しくて。今回の便りでは、毎日日が暮れてまで遊び、よく怒られた思い出深い団地が変わってしまうことの寂しさも感じました。
今年も、6年生に「自分史」を取り組んでもらっています。私も特別な子ども時代を振り返り、またベーゴマやおおやまごまを上手にまわせるように取り組んでみようと思っています。
ここからは、12月の「初等部通信」に書いた原稿です。
一、コロナ(「SARS-CoV-2」)の不安、心配
幼稚園保護者の皆さんとの学習会の打ち合わせで、「休園中、我慢しなければならないことも多く、気持ちの感情表現が激しくなっている。子どもの気持ちがざわついた時に、どのように接していけばよいのか。」という問いが出されました。
私は、「新型コロナウイルスに係る就学前の子育て家庭への緊急アンケート調査報告書〈6月5日公表版〉」(特定非営利活動法人 全国認定こども園協会 実施)より学び、コロナの不安、心配になる人が私も含めてたくさんいて、生活を制限する中、子どもも大人も大変しんどい思いを抱えていることを前提に話しました。
調査によれば、七割以上の親が子どもとの過ごし方に悩み、五割以上の親が心身の疲労を生じ、「イライラして怒りっぽくなった」、「子どもを叱ることが増えた」と回答しています。
子どもに関わる自由記述には、「メディアの利用が増えたことを心配」「体重増加、蕁麻疹、吃音など症状の表れ」「イライラしている、暴力的になった」「不安定で、パニックに陥り、収拾がつかなくなることが毎日のようにある」などがありました。保護者の変化としては、「とにかく疲れる、とにかく不安」「一人の時間が全くなく、辛い」「子どもを叱り自己嫌悪に陥ることを繰り返している」「子どもを可愛いと思えなくなった」などでした。
不安や心配などを誰かに相談でき、助けをもとめられるような関係づくり、社会にしていきたいと思います。思い通りにいかないことが当たり前、そんな中でも、たとえば本をいっしょに読んでほんの少しほっとできる時間を持つことなど、出された問いを皆さんと話し合いたいと思いました。
学習会の少し前には、『わかぎり』座談会に参加し、休校中の大変さや新たな発見など、各ご家庭の様子を直接聴くことができました。今後も話し合う場を持ちましょう。
何をしているの? 何が出てくるんだろう?
二、創立65周年
初等部の創設は、1955年です。今年は創立65周年でした。節目の年に、桐朋幼稚園の出発点、原点はどこにあったのか、何を大事にしてきた幼稚園なのかを確かめておきたいと考えて、幼稚園発行の『桐の朋(とも)』に書かせていただきました。
桐朋幼稚園は、創設時に大事にすることが明確だったのではありません。もちろん桐朋学園創設からの「一人ひとりの人間を大切にし、豊かな個性と自主の精神を育む〝人間教育〟」を目指したと思いますが、「私(たち)のやっている保育は果たして本当にこれでいいのか」と模索する日々でした。
創設メンバーの大場牧夫先生は、「今日の午前中の保育でも、子どもを人間として見ていないような発言が実際にあった気がします。その時は子どもに対して人間以下の、それこそ、未分化だ、未発達だ、〈そういえば、あの子は三月うまれだったな〉というような見方で、自分を納得させてしまう。そういうことがあるような気がします。
そうすると、あの子なりに何が表したいのかという受け止めの姿勢が、自分のなかから消えて、〈あの子は、しょうがないな〉〈休めば保育がやりやすいんだけど、水ぼうそうにでもなれば〉と思ったりします。こう考えるようになったら、人間として子どもを認めていないわけです。現実に私なども、ふっと、冷たい風が心のなかを吹き抜けていくことがあります。」(『原点に子どもを 大場牧夫の保育論』建帛社)などと率直に振り返り、葛藤しています。(こうした振り返りを率直に語ることができる大場先生のようにありたいです。)
創設から約15年の模索、葛藤を経て、保育のいろいろな場面で、人間として子どもが認められ、尊ばれるのかという原点、すなわち児童憲章(1951年)の理念に辿り着いたのです。このことを桐朋幼稚園では、〝原点に子どもを〟と表現し、実践と研究で大切にしてきました。
児童憲章は、日本国憲法の精神にしたがい、すべての児童の幸福をはかるために定めた憲章です。
児童は、人として尊ばれる
児童は、社会の一員として重んぜられる
児童は、よりよい環境のなかで育てられる
1 すべての児童は、心身ともに、健やかにうまれ、育てられ、その生活を保障される。(12の柱が書かれています。)
⒓ すべての児童は、愛とまことによって結ばれ、よい国民として、人類の平和と文化に貢献するようにみちびかれる。
最後に、桐朋学園の出発点、原点はどこにあったのか、何を大事にしてきた学園なのかについて触れます。
桐朋という学校は、戦前の山水時代を経て、戦後、桐朋として再出発するにあたり、いち早く教育基本法の謳う「自主・敬愛・勤労」を教育目標として掲げて、生徒一人ひとりの人間を大切にし、豊かな個性と自主の精神を育む〝人間教育〟を一貫して推進してまいりました。
21世紀を生きる若者には、個人の価値と尊厳を重んずるとともに真に有為な良き社会人になることが求められています。それは自立した一人の人間として自己を生かすとともに他者を生かす生き方であり、地球的視野に立って、さまざまな条件の異なる人々と手を携えて生きるため、環境と人間を真に尊重する生き方でもありましょう。新たなヒューマニズム、真の意味での個人主義が求められています。
これからの桐朋教育は、これまで育んできた一人ひとりの児童・生徒を大切にする〝人間教育〟の伝統に立って、普遍的にして個性豊かな文化の担い手を創り出していきたいと思います。
(桐朋学園男子部門「広報(2006)」小柳敏志校長。その後、小柳先生は理事長として、桐朋の原点を見据え、現在と未来を創造し、学園全体を支え続けてくださいました。)
これからも何を大事にしてきたのかを確かめながら、保育、教育を行っていきます。
たいへん心配な状況が続いています。皆さん、どうかご自愛ください。