2022.7.1

7月中旬『桐朋教育』を発行。特集は「評価」 [Ⅱ‐304]

 1、『桐朋教育』 座談会「桐朋学園の評価」より

もうすぐ『桐朋教育54』(桐朋教育研究所)が発行されます。特集は、「桐朋学園の評価」です。小中高短大教員による座談会に、小学校から2人が参加しました。発言を少し紹介し、私たちの学校の取り組みをお伝えします。

本校では評価を数字で表した「通知表」はありません。学級通信や連絡帳それから授業や行事等の参観を通して、子どもたちの姿を保護者の方々と共有して行くことを大切にしています。それと年に二回の保護者面談があります。子ども一人ひとりの良さと今後の課題について、どのようにすればその子の良さを伸ばしていけるか、また課題にどう向き合って、それをどうサポートしていけば良いかを話し合います。

発達の主体は子ども自身であり、人やモノ、自身に働きかけ、自分の可能性を開花されていきます。その際、日記や作文で自分の思いや考えを書いて読み合うことも大切にしています。日々の生活を綴ったり、行事や授業を振り返ったりして、出来事を自分に引き寄せて行くこと、書くことを通して物事への関わりを見つめ直したり、自分の考えや思いを表現することで、自分の良さや課題を見つめ直し、自分を成長させることを大切にしています。

私は社会科を担当していたので、それを例に本校の評価を紹介します。社会科ではプロジェクト学習をしています。チームで課題を深く掘り下げていって発表をしたり、プロセスの中で学んでいったりということをしています。その際に、発表自体の目標と学習プロセスの目標の両方を子どもたちと共有し、それから学習をスタートします。途中で「中間評価」をしながら発表をねりあげていきます。発表が終わったところで、参加者や発表者相互の評価、それから「自己評価」を併せて自分たちで振り返り、次の学習に活かしていきます。

勿論、プロジェクトだけではなくて、通常のテストも行っています。テストでは表面的な知識を問うものだけではなく、自分で深く考えて解答を出していくような問題を意識して作ります。その評価を基に、子どもが自主的に学習をデザインして学びを深めることで子どもの力を伸ばしていくことを重視しています。

2、創設時の「評価」をめぐって

創設時(1955年)の「評価」を振り返ってみました。その年、「通知表廃止」を決め、「「教育評価」の本来のあり方を研究課題」としたことなどがわかりました。

1955年度1学期、小学校では成績評価をどうするか議論の時間をもてず、1学期は「公立学校に準じて通知表をつくって渡すことに」しました。議論の過程で、「子どもたちは全員が一生けんめいにとりくんだのよ。一つ一つの作品に優劣はつけられるかもしれないけど、それだって教師の側に主観が伴うでしょ。それよりも重要なことは、通知表に点数をつけると、その数値だけがひとり歩きして、かえって子どもに偏見をうえつけたり、意欲を喪失させることだってあるでしょう。/もし、どうしても点数をつけよ、と言われれば、全員に最高点をつけてやりたいわ。それよりも、秋には各教室で作品展でもやりましょうよ。そのほうがよっぽど『教育評価』にふさわしいわ」(美術専科)という反対論が出されたそうです。

1学期は、通知表を作成し、配布。その後、「子どもたちに通知表を渡すだけでは何とも後味が悪かったので、夏休みに入って一人ひとりの父母と面談をした。そこでもあきらかになったことは、通知表の点数があたかも裁判の最終判決のように受けとられていた、ということであった。」と、中野光先生は述べています。

2学期、初等部における教育評価のあり方を検討して、

1) 公立学校に準じたような通知表は廃止する、2) 「教育評価」の本来のあり方を研究課題とし、3) 父母にはより望ましい連絡方法を考えていく を決めます。

主事の生江義男先生が、「『教育評価』という概念には教師の教育活動自体を評価することが基本として含まれているんだろ。(中略)『評価』は『評定』でもなければ『測定』でもない。教師にとってきびしいことなんで、評価を伴わない教育はありえないのだし、評価自体が教育にならねばウソだよなあ」(引用はすべて中野光著『桐の朋』私学公論社、1994年)と言われていました。「教師の教育活動自体を評価することが基本」という考えは、その後も引き継がれていきます。今週、幼稚園たんぽぽ組が個人面談を行いましたが、面談を大切な機会として持ってきました。

「評価には、教育の目標、内容や方法、過程が集約されている」、「目標や評価における子どもの参加」、「真正の学力と評価」など、今後も桐朋における「評価」を深めていきたいと考えます。


写真はすべて、今週の園の様子から

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