第67回 卒業式 [Ⅱ-457]
3月17日、児童72名(67期)が桐朋小学校を卒業しました。おめでとうございます。
保護者、招待者の皆様のご出席をいただいて、桐朋小学校卒業式を挙行できましたことを感謝申し上げます。
卒業生保護者の皆様には、お子さんの桐朋小学校卒業を、心からお祝い申し上げるとともに、あわせて、今日まで桐朋教育に対する温かいご理解とご協力に、厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。
式では、卒業証書授与、同窓生の言葉(桐朋高校1年、卒業生のパートナー学年。あたたかく、未来に向けて励ましてくれました)、PTA会長お祝いの言葉(お祝いの言葉の中には、卒業生の1~6年時のすべての学級通信名が入っており、書かれた内容に感動しました)、お祝いの表現(在校生を代表して5年生。すばらしい表現でした)、卒業生の表現、くす玉わりなどを行いました。
ここでは、卒業生の表現の一部を紹介します。一人ひとりが桐朋小学校での思い出を表現し、それぞれの思いが伝わってきました。
【卒業生の表現】
○一年生の最初の頃はコロナのこともあって、パソコン越しで授業をしていた。あんまり話せなかったけど、学校にいけるようになったらみんなと仲良く話せて、いつも通りの授業ができるようになって本当によかった。最初の自己紹介をよく覚えています。
○一年生のとき、パートナーから電話がかかってきて、ドキドキしながらお話したことを覚えています。はじめてパートナーと会ったとき、すごく優しくて、私も 5 年生になったらこんな人になりたいなと思いました。
○1 年生の思い出。休み時間に、HやYとしぜん広場に行った。1 日 3 回も池ポチャした。
○2 年生から 4 年生にかけてとても熱中したことは一輪車です。テラスで友だちと一輪車鬼ごっこをしたり、新しい技に挑戦しました。まとめの会で一輪車を発表するために、自分達のオリジナルの技を考えたりもしました。一生懸命になって練習したことはとてもよい思い出です。
○ 3年生と 4 年生の頃に担任してくれた先生との 2 年間がとても楽しかったです。特に楽しかった授業は食レポをしたことです。私は昔から食べることが大好きだったから、水丸もちという透明なおもちやゼリーを食べたりして思い出にのこる授業でした。
○4 年生の時。先生に国語の授業で読んでもらった「窓ぎわのトットちゃん」。今でもその物語が心にのこっています。初めて平和について考えはじめたときでした。
○はじめての地球市民の時間では、ウクライナ人のリアとヤンが来ました。私はこの地球市民の授業を楽しみにしていました。リヤとヤンからウクライナのことをいろいろ教えてもらいました。2 人は私にとっての唯一の外国人の友だちです。本当にその日は楽しかったです。
○桐朋小学校では、教科書の内容をただ学習するだけでなかった。実際に体験することで「どうしてそうなるのか」を試してみて、理解することができた。
○音楽で歌を歌ったり楽器を弾いたことがとても楽しかったです。クラスのみんなで、息を合わせて楽器を弾けたときの達成感は忘れられません。先生が歌のコツを教えてくださり、さらに歌が好きになりました。
○6 年生の社会の授業で歴史がもっと好きになりました。模擬投票をしたり、ニュースをたくさん観たりしたことで、時事問題に関心を持てるようになりました。「自学」で社会の授業で気になったことや、クラスで疑問となったことを調べられて楽しかったです。
○毎週金曜日の算数の授業でやっていた「数学者の時間」がとても面白かった。毎週違った頭を使う問題が出ているので、いつもほんとうに頭を抱えながら解いていた。クラスで僕が油分け算のパターンを見つけたときは、とても爽快だった!
○僕は昔から社会科が苦手で大変でしたけれど、6 年生の後半に先生から武士の社会の話を聞いてとても楽しくなりました。今では社会が楽しみになり、とても好きな授業です。
○僕の思い出は、鬼ごっこです。テラスに隠れたり、ゴミ箱の後ろに隠れたり楽しかったです。でも、様々な先生に怒られました。今となっては、全部いい思い出です。中学生になったら廊下は走らないようにします。
○4 東テラスで手打ちを毎日やったのが思い出です。ホームランを打ったときは気持ち良く、アウトになってもすぐに打席に回ってくるから、とても楽しかった。守備はジャンプしてとったりするとナイスプレーで気持ちよかった。
○被爆された笠岡さんのお話を直接聞いて学んだことは、たった 1 つの核爆弾でも14 万人の人が亡くなり、多くの人が悲しんだりしたことです。自分にできることは、戦争の語り継ぎをしたり、戦争にならないように意識することです。
○修学旅行ではたくさんのことを学んだ。戦争で受けた被害だけではなく、日本の加害のことも知ることができた。夜こっそり夜更かしをしたことや、宮島での買い物、大久野島でのウサギとの触れ合いなど、みんなのおかげでとても楽しかった。私は本当にクラスメイトや友だち、先生に恵まれました。みんな大スキだよ。

【お祝いの言葉】(中村より)
これまでの取り組みで、ご家族からの聞き取りをまとめた「自分史」があります。
誕生前、お母さんは、お腹の赤ちゃん、すなわちあなたに会える楽しみから体調の変化を乗り越え、 誕生時には、ご家族みんなが、喜び、幸せをかみしめ、誕生後、大切だからこその苦労や喜びなどが 綴られていました。
話を聞いて、「12年も 前の出来事なのに、産まれる前のことや生まれた時のことを、まるでついさっきの出来事のようにまざまざと覚えていることに驚いた」、「産んでくれてありがとう」、「本当に自分は愛されているな」などと受けとめていましたね。
小学校入学時はコロナ禍で、社会の混乱、休校や分散登校、制限された生活、遊び、パーテーションの使用など、皆さんも、保護者の方も私たちも不安になり、不自由でした。そうした経験も乗り越えて、皆さんは育ちました。
6年間でみれば、身長が20㎝~40㎝以上伸び、体重が10~20㎏以上増えるなど、それぞれのペースで大きくなりました。学びを通して、人との繋がり、知識や技術を獲得し、自分たちの世界を築いてきました。また形として見えにくい、内面、意思、感情、思考など大きく変化させ、信頼感、肯定感、有能感などを育ててきたと思います。
桐朋小学校では、東京大空襲や原爆を体験された方、「難民」として日本に来られた方など、現在を 懸命に生きるたくさんの人との出あいがありました。トピックスの授業では、原因不明で車椅子生活となった中嶋涼子さんと出あいました。
中嶋さんは、他者との違い、障害者への眼差し、環境など、苦しんだことも率直に話してくれました。さまざまな葛藤と豊かな経験をして、「できないことを数えるより、できることを見つけて」、現在、心と社会のバリアフリーを願い活動をしています。
皆さんは、中嶋さんのお話から、「かっこいい」と憧れたり、一歩踏み出す勇気をいたただいて、多様でどの人も大切にする社会のあり方についても考えました。
そして、「私も、少しだけ心のバリアを開こうと思います」と、自分を開こうとしたり、「これからは、私にできること、ありますか? と声をかけたい」と、行動を変えたいと考えました。やわらかな心で考え、自己を表現し、他者との関係をつくっていこうとする皆さんです。
何より、やりたい、やるぞという気持ちで、前に進もうとするエネルギーがあって素敵です。
皆さんが過ごした桐朋小学校は、自身の人生の主人公となり、社会のつくり手となりゆくための根っこを育てることを目標にしています。
民主的な対話を通じて、平和を創る。地球環境を守る。人権を尊重し、お互いを認め合いながら、共に生きていく大きな願いを持っています。これからも、皆さんといっしょに大切に築いていきたいです。
これから、中学生時代という類を見ない激動と成長の年を過ごされるでしょう。
あなたの未来は、あなたの意思で切り拓くあなた方のもの。世界に一人、歴史の中で自分のことを価値ある存在として、自分自身が認められることを大切にしてください。
それから、あなたは一人じゃありません。ご家族、友だち、仲間、先生、いろいろな人と出あい、繋がりがひろがります。
自分は自分であって大丈夫。なりたい自分を大切にして、進んでいこう。
応援しています。
保護者の皆さんは、これからも、子どもたちの一番の見方で、子どもたちが安心していられるよう、よろしくお願いします。
最後に、ここにいる全員で、大きな、あたたかな拍手で、卒業をお祝いしましょう。「卒業、おめでとう。」

上から4枚の写真は、6年生「桐朋小 線対象、点対称デザイン」作品。この2枚は、幼稚園進級式でのお祝いの合図で変化する絵作品