投稿者: tohoblog
放送での始業式 [Ⅱ-236]
短い夏休みが終わりました。2学期もどうぞよろしくお願いします。
始業式は、新型コロナ禍のため、放送で行いました。
はじめに6年生の代表委員の人たちが、こんな2学期にしていきたい、こんな学校にしていきたいということを話してくれました。ありがとうございました。
続いて、私から。みなさんに、どんな2学期にしたいか、どんな学校にしたいかを考えてみてほしいと思いました。
そして夏休みにいただいたお手紙を紹介しました。
「2学期、いつもみたいに学校に行けるといいな。」
「2学期、学校で友達と会うのが楽しみです。」
「庭の草むしりをがんばりました。学校でおにごっこをして遊びたいです。」
「社会で地図を作るため、散歩をしています。」
「夏休み『ヘアードネーション』をしました。私はこういう活動があるのを知りませんでした。(中略)こういう活動があるのを知って、私のできることは少ないけれど私にできることがあり、それをやっていく事が大切だな、と感じました。私でも出来る事をもっと探していこうと思います。」(8月26日、園庭の雲梯の上でくつろいでいた年長の子が、「わたし髪の毛を伸ばしているんだ」「髪の毛を病気の子に渡したいと思っているんだ」「お姉ちゃんから話を聞いたから」などと伝えてくれました。)
「小学校最後の夏休み、短いですが楽しみたいと思います。七頭舞がんばります。」
次に、『みんなの声の木』に書かれた各クラスの願いを紹介しました。
「学年かんけいなく仲よくなりたい。」
「(しぜんひろばについてたくさんの願いがあり、たとえば)川をきれいに、生き物を増やしたい。」
「(いろいろなクラスからの願いをまとめて)一人ひとりが考えを持ち、お互いを大切にし、楽しく学べる学校にしたい。」
あらためて、『みんなの声の木』をみんなで実現していきたいと思いました。
最後は、「75回目の終戦記念日」を考えて、被爆者の谷口稜暉さん(16歳の時、郵便配達中に長崎市で被爆。自転車ごと吹き飛ばされ、気がつくと熱線で背中一面が焼けただれていました。それから2年近くはうつぶせのまま。痛みと苦しさに、何度も『殺してくれ』と叫んだそうです。毎日小学生新聞8月15日より)の「人間が人間として生きていくため、地球上に一発も核兵器を残してはならない」という願いを伝えました。皆さんと「戦争の事実」「戦争経験者からの伝言」を学んで二度と戦争のない世の中にしていきたいと思います。
一人ひとりが、どんな2学期にしていきたいか、どんな学校にしたいかを考え、実現していこうと、最後に呼びかけました。
上、下の写真は、幼稚園の子どもたち(園庭の工事も)
2学期が始まりました
短い夏休みが終わり、昨日から2学期が始まりました。
始業式は放送で行い、代表委員の6年生の子どもたちが、「2学期はこんなことを頑張っていきたい」、「こんな学校にしていきたい」ということを伝えてくれて、頼もしいなと感じました。
クラスでは、
「夏休み、どんなふうに過ごしていたか、周りの人と自由におしゃべりをしよう」
ということで、大いに盛り上がりました。
「特にどこにも出かけられなかった~。本当なら今頃おじいちゃん家にいたはずなのに!」
「山梨に行って川でニジマスを釣った。涼しかったよ。」
「長野県の山に夜中に車で登って、星を見たよ。流れ星を2つも見たんだ。」
「映画を観に行ったよ。映画館は空いていたよ。」
「犬を飼うことにしたんだ。9月に家に来るんだ。」
友だちの夏休みの様子が知れて、楽しい時間になりました。
休み中に作った折り紙の力作。すごい! 自学ノートをお互いに見合いました。
2021年度入学考査日程について
2021年度入学考査をご検討の皆様にお知らせします。
新型ウィルス感染拡大状況を鑑み、本年は1次考査のみでの選考といたします。
11月4日(水)または6日(金)のいずれか、本校が指定する一日にご来校いただきます。
選考結果通知は7日に発送いたします。
上記以外は、すでに公開している募集要項の内容に変更はありません。
本HP【入学案内】→【児童募集要項】にてご確認ください。
桐朋小学校 教務
1学期のふりかえり⑤ 平和について考える
8月6日。広島に原爆が落とされた日です。例年であれば夏休み真っ只中ですが、今年は登校した6年生と一緒に、戦争について書かれた詩を読んで感じたことを書き、友だちと聴き合いました。
自分と年齢の近い人が書いた詩に心を寄せ、自分がそれに対して思うこと、また友だちが感じていることにも共感をしました。
この日だけでなく、6年生では戦争について考える時間を作ってきました。その中で、親戚の人に話を聞いてみたり、自分で本を借りて読んでみたり、テレビを観てみたりと、自ら戦争や平和について考えようとする姿に頼もしさを感じました。
戦争 5年 橋口さくら
私は、今日 夕食を食べながら、ニュースを見ていました。画面に病院の様子がうつされていました。このイラクとアメリカの戦争でケガをしたイラクの人達がたくさんいました。頭や手足に、包帯がグルグルとまいてある人もいました。私は、
(こうやって食事している間にも、多くの人がケガをしたり、亡くなったりしているかもしれない。)
と思いました。イラクやアメリカの大統領は、自分が戦うわけでもないのに戦争を始めました。あの人達は、「戦ってこい。」と言うだけです。自分が戦争を始めたことで、いったいどれだけの「命」が犠牲になるのか、分かっているのでしょうか。
・「大統領は自分が戦うわけでもないのに戦争を始めました。あの人たちは『戦ってこい』と言うだけです。」という文章が印象に残りました。理由は、どこの国でも、えらい人やけん力を持っている人だけが好きなように人生を送れて、貧しい人たちはえらい人たちに従う、このようなことが原因で小さな争いがたえないんじゃないか、と思ったからです。
・日本で幸せに暮らしていても、どこかの国のだれかが殺されていると知ると心が苦しくなる。戦争って、本当にだれのためにもならないと思った。
・命は一個しかないのに。何で「戦え」と言うんだろう。
平和という幸せ 青森6年 佐々木裕佳
欲張りな私/服がほしい/くつがほしい/その他にも/文ぼう具、CD、マンガなど
あげくのはてに/グランドピアノや部屋の広さ、/視力まで/次から次へと出てくる欲
だけど、ある日/テレビの映像に目を疑った
戦争で家を焼かれた人々の群/砂ばくのテントの中で/とほうにくれている姿
病院で泣いている子供たちの/悲しげにゆがんでいる口/不安そうな目
もし私が/この人たちだったらどうだろう
ほしいものはきっと一つ/「平和」
この生活から抜け出したい/幸せになりたい/それだけだと思う
そう考えた時/私のほしいものは/なんてちっぽけなんだろう
この平和な日本に住んでいられることが/最高の幸せなのに
・砂漠のテントの中でとほうにくれている姿や、病院で泣いている子どもたちを見ると、平和で不自由もない日本に住んでいることは幸せなのかもしれないと実感した。
・「ほしいものはきっと一つ『平和』」という文を読み本当にそのとおりだと思いました。今、私が友達などと笑って楽しく、平和に過ごせているのはとてもしあわせな事だと感じました。
・ぼくはゲームもおもちゃもたっくさん欲しい。だけど、やっぱりなによりも幸せなのは戦争がない国に生まれて、平和に生きていくことだと思う。だからこそ、今、これからも、絶対に戦争はやってはいけないと思う。戦争をしても、何も得られるものはない。絶対に戦争を起こさないように、ぼくたちが戦争がこれからもない国にしなければならないと思った。
戦争に行ったおじいちゃん 6年 樋口武伸
おじいちゃんが/目に涙をため/手にちり紙をもって/身をのりだすように/テレビを観ていた。
中年の男の人が/涙を流しながら/何かをしゃべっている。/中国残留こ児のテレビだった。
おじいちゃんは/重機関銃隊で/中国へせめに行った。
敵との戦いの中で/畑をめちゃくちゃにふみつぶし/村や家を焼きはらい/人まで殺した。
大軍に囲まれて/あぶない時もあったと思う。/話すおじいちゃんの額には/汗がでていた。
ときどきぼくを呼んで/戦争の時の写真を見せてくれる。
「これがおじいちゃんの入った連隊だ。」/「これが隊長だ。」
ほこり気に言う。/何かニコニコしている。
テレビを観て/涙を流し/「戦争はいけねえだ。」/と言っているおじいちゃん。
でも/おじいちゃんの戦争の話を聞くと/少しはよかったこともあったように聞こえる。
ぼくには/おじいちゃんの気持ちがよくわからない。
戦争は/絶対にいけないことなのに。
・良いこともあったというところが気になった。良いこととは、自分的には自分の国の人を殺した人を自分が殺せるということなのではと思っている。今の時代では考えられないことでも、その時は、相手の国へのにくしみが多かったのかな?と思った。
・僕は戦争は良くないことで一般人も死んでいく野ばんな争いだと思っている。しかし、文を読んでいったらおじいちゃんは戦争に行って多くの人を殺してきたのは良くないと言っているけれど、心の中では生き残った自分のほこらしさを感じていたので、立場や状況が変わると戦争に対する気持ちも異なってしまうことが印象的だった。
・ぼくのひいおじいちゃんも戦争に行っていた。もしそこでひいおじいちゃんが死んでいたりしたら、ぼくはいない。生きていてくれたひいおじいちゃんに感謝しなきゃいけないけど、そもそも戦争をすることはちがう。絶対に戦争はしてはならないと思いました。
保護中: 2学期当初の予定について
1学期の振り返り④♪くいしんぼうのカレンダー
♪くいしんぼうのカレンダー という歌があります。
(仲倉重郎 作詞 / 中田喜直 作曲 )
例年、3年生がお正月あけに取り組みます。
季節の美味しいものが登場するリズミカルな曲がみんな大好きです。
♪睦月 はねつき つばきもち
梅の花咲く うぐいすもち
弥生 くさもち 春一番
ひしもち あられ ひなまつり ひなまつり
このように、師走まで続きます。
旧暦はとても手強いし、和菓子の種類もたくさんで「お腹が空いちゃって無理だ〜」という声も聞こえましたが、全部覚えて自分の誕生月のカレンダーを描くのを楽しみにがんばりました。3学期は途中で休校になってしまったのですが、年度を超えて仕上げてくれた人もいましたね。
このカレンダーは翌年度の音楽室の壁を飾ります。(描いた人は4年生になっています。)
卯月、皐月、水無月、文月、葉月・・・
オリジナルの歌詞を考えてくれた人もいましたね。口ずさんでいると、楽しい気持ちになってきます。
♪卯月 木々のめ 春の風
スミレに タンポポ つくしんぼ
サクラ フジ モモ イヌシデ イヌシデ・・・
♪葉月 プールに ガリガリ君
当たりがでて もう一本
くだもの たべよう スイカわり
いっぱい食べて はらいっぱい はらいっぱい
いつもとは違う「葉月」だけの夏休み。みんなはどんな風にすごしていますか?
1学期の振り返り③水鉄砲大会
夏本番の厳しい暑さが続くと、こんな遊びがしたくなりませんか?
2年生の各クラスでは、1学期の終わりに「水でっぽう大会」を開催しました。
ペットボトルの蓋に穴を開けただけの簡易な水鉄砲ですが、強く押すと数メートルも水が飛びます。このクラスでは、イラストを描いた紙を裏側にして体に張り付け、濡れてイラストが浮き出てしまうと「アウト」。自分は濡らされないようにしながら、相手の紙を濡らすゲームを行いました
1回戦目はチーム戦。2回戦目は個人戦。どちらも、みんな大はしゃぎで水を掛け合いました。最後にはもう、ルールはどうでもよくなって、お互いにひたすら水をかけました。
担任はこの大会に一緒に参加しながら、「こんなにみんなで大笑いしたのは、いつぶりだろう?」と考えました。ずいぶん長い間、メンバーが離れてしまっていて、学校再開後もクラスの催しは、全然できていませんでした。子どもたちが心から笑い合う様子を見て、「学校で共に学ぶって、つまりはこういうことだよなぁ」と、改めて感じたのでした。
クラスでは算数や国語(漢字)の問題を作って解き合ったり、チームで風船バレーのラリーを繋いだりと、日々楽しみながら共に学んでいます。残念ながら“時差登校&放課後無し”の1学期でしたが、学校に集まることでしか体験できない、こうした学び合う時間を楽しみに、2学期を迎えたいと思います。
世界や日本の平和について積極的に考え合おう [Ⅱ-235]
◆8月6日、6年生の子どもたちと〈戦争と平和〉について学んでいます。小中学生が「人間が人間として大切にされる生活や社会を一所懸命に考えて綴った作品」(「戦争展」「忘れたころに…」「戦争に行ったおじいちゃん」「戦争反対」「平和という幸せ」など)を読み合い、感想を交流します。
平和という幸せ 青森6年 佐々木裕佳
欲張りな私/服がほしい/くつがほしい/その他にも/文ぼう具、CD、マンガなど
あげくのはてに/グランドピアノや部屋の広さ、/視力まで/次から次へと出てくる欲
だけど、ある日/テレビの映像に目を疑った
戦争で家を焼かれた人々の群/砂ばくのテントの中で/とほうにくれている姿
病院で泣いている子供たちの/悲しげにゆがんでいる口/不安そうな目
もし私が/この人たちだったらどうだろう
ほしいものはきっと一つ/「平和」
この生活から抜け出したい/幸せになりたい/それだけだと思う
そう考えた時/私のほしいものは/なんてちっぽけなんだろう
この平和な日本に住んでいられることが/最高の幸せなのに(出典『子どもたちの日本国憲法』村山士郎編、新読書社)
戦争や平和について、自分の考えをしっかり持てるようにしていきたいです。
ここからは、7月31日発行の『初等部通信』に書いた内容です。
◆しぜんひろばに植えた《被爆アオギリ》を見たことはありますか? 時々しぜんひろば委員会の人たちと《被爆アオギリ》の周りの草むしりをして、少しずつ大きく育っているのを見ています。
しぜんひろば委員の人が作った看板には、「広島に原子爆弾が投下され、爆心地から約1.3㎞はなれたところにアオギリの木がありました。幹の半分は焼けてしまったけれど、芽を出しました。そのアオギリの子どもです。」と紹介されています。(「広島逓信局の中庭にあったアオギリは、熱線に焼かれ、爆風に幹の半分をえぐられました。ところがその傷を自ら包み込むかのように新しい樹皮を張り、1973年に今ある場所に移植されました。実生の若木も隣ですくすく育っています。」「三登さんを語り部へ導いた沼田鈴子さんは、22歳の時に職場だった逓信局で被爆しました。崩れた建物の下敷きになり、左脚を失った上に婚約者の戦死の報に触れ、一時は自殺を考えました。/そんな時、職場の中庭のアオギリが、傷ついた幹から懸命に細い枝を伸ばして新しい芽を吹く姿を目に留めて、生きる勇気を取り戻すことができました。」(この部分は東京新聞社説2020年8月6日より)
2019年、広島修学旅行で被爆アオギリをいただいてきました。平和を願ってアオギリを大きく育てたいです。一人ひとりが平和を希求し、平和のつくり手として社会に参加できるような根っこを育ててほしいです。
◆『さがしています』(童心社)
アーサー・ビナードさんが作ったこの本(8月6日、6年生「図書の時間」に紹介)には、8と3を指したままの時計、破れた軍手、曲がったお弁当箱、形の変わったビー玉などの写真(岡倉禎志撮影)出てきます。その一つひとつの「もの」がカタリベとなり、言葉を発しています。
広島修学旅行では、広島平和公園のレストハウスの見学を。右の社説に、平和公園碑めぐりでお世話になった三登さんのことが書かれていました。
◆遊んでいた小・中学生らに被害
2004年、中国で小・中学生が裸になってどろんこ遊びをしていました。中学生の周君が土手に鉄の固まりが刺さっているのを見つけ、引き抜いてみました。中から黒い液体が飛び出し足にかかりました。黒い液体がついた皮膚は腫れあがり大きな水ぶくれが出来ました。痛くて痛くて仕方がありません。
後に、遊んでいる時に毒ガス(黒い液体)に触れたことがわかりました。その毒ガスは、日本が戦争の終わった時(1945年)に秘密にして捨てたものでした。戦後60年たっても、子どもを苦しめます。(戦争における「加害」について、2学期に学びます)
◆日本の子どもたちの声から
かわいそうな ぞう 熊本県小学1年 いしい たく
三とうのぞうが ころされた。/えさを たべさせなかった。/どんなに おなかがすいただろう
はなで はたをもって/ばんざいした。/えさをくださいと/ちからいっぱいした。
たおれそうに きつかっただろう。
ころしたくなかったけど ころした。/からだのなかに 水がなかった。
かわいそうな ぞう/せんそうを しなかったらよかった。(1984年)
せんそう 神奈川県小学2年 岸 奈津子
ゆみちゃんはすごいな。/せんそうがきらいだからって/せんそうの詩を書いちゃうんだ。
わたしは、/せんそうがきらいだから、/せんそうのことは/かんがえないようにしているのに。
「また、せんそうがおこるかな。」/と、思うだけで/ぞっとする。(1989年)
どちらも、前出『子どもたちの日本国憲法」より引用 以下の写真は、7月末の幼小の様子から
◆現在、世界には核兵器がたくさんあります。
日本にはありませんが、兵器があります。
核兵器廃絶国際キャンペーンが、「核兵器国における核兵器と医療ニーズを比較」したものを発表しています。それによると、フランスが核兵器にあてた費用では、集中治療室のベッド10万床、人工呼吸器1万台、看護師2万人、医師1万人の給与を賄えます。イギリスは、ベッド10万床、人工呼吸器3万台、看護師5万人、医師4万人の給与を賄えます。アメリカは、ベッド30万床、人工呼吸器3・5万台、看護師15万人、医師7・5万人。
日本の防衛費のうち、戦闘機、武器などの費用では、集中治療室のベッド1・5万床、人工呼吸器2万台、看護師7万人、医師1万人の給与を賄うことができるそうです。
新型コロナ禍で感染がひろがる中、社会を守りつくっている人たちを大切にして、「武器から人へ」ということが求められていると思いますが、皆さんはどう考えますか。
◆現在の日本国憲法
「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは、『すててしまう』ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそくありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。(後略)」(文部省『あたらしい憲法のはなし』1947年作成)
1学期のふりかえり② 七頭舞
6年生の体育では、岩手の踊り七頭舞に取り組んできました。
七頭舞は振り付けと振り付けの間に「間」があり、はっきりとしない遊びの部分があることで、5年生までの踊りと比べると格段に難しくなります。
ステップも複雑で、練習しているときもあちこちから「わかんない!」という声が。
でも粘り強く取り組む子どもたち。少しずつ太鼓のリズムに体が乗っていく、馴染んでいくことがおもしろく、休憩時間にも友だちどうしで確認しあいながら踊る姿があります。
2学期以降も新しい部分に挑戦していくのが楽しみです。
みんなで輪になって踊ります。 太鼓をたたいてみるのもおもしろい!
休憩時間中に一人黙々と練習をしています。
夏季休業中の資料請求について
桐朋小学校は、本日より夏季休業に入ります。
また、8月12日(水)〜8月16日(日)は学校閉鎖期間となります。
この前後にご請求いただいた資料の発送には、通常よりも日数がかかる場合がございます。
ご了承ください。
なお、本HPに電子版もございますが、ぜひお手元でご覧いただければと存じます。
年長のご家庭に限らず、どなたもご請求可能です。
暑い毎日、みなさまどうぞお元気にお過ごしくださいませ。
桐朋小学校 教務