投稿者: tohoblog
桐朋小だよりを更新しました。
「桐朋小だより」を更新しました。以下、2026年度更新記事一覧です。
タイトルをクリックすると記事をご覧いただけます。
子どもたちの様子をお楽しみください。
2025年度桐朋小だよりは ▶︎こちら
10月23日 (金) 「自分たちでつくる楽しみ」
10月20日(火) 「秋の桐の子まつり」
10月16日(金) 「はっぱをあつめて」
10月13日(火) 「知っているバナナ、知らないバナナ」
10月 9日(金) 「入魂袴でラッセーラ!」
10月 6日(火) 「心を一つに・・・」
10月 2日(金) 「いろいろ入れもの、かさたんけん」
9月29日(火) 「みんなで石拾い」
9月25日 (金) 「問いを囲んで考えるーてつがく対話ー」
9月22日(火) 「ア~ユ ボ~ワン!スリランカとの出会い」
9月18日(金) 「学年遊びで楽しくスタート」
9月15日(火) 「すいかわりで 再スタート」
9月11日(金) 「歩いて、考えて、たどり着いた一丁平」
9月 8日(火) 「願いをつないだ七夕のひととき」
9月 4日(金) 「クラリネットをこわしちゃった?」
8月28日(金) 「冷たい国語」
8月25日(火) 「自然の中で見つけたもの」
8月21日(金) 「泥だらけの笑顔があふれた遠足」
8月18日(火) 「生い立ちとあゆみ」
8月14日(金) 「世界に一つだけの竹馬づくり」
8月11日(火) 「それぞれが「出会った」高尾山遠足!」
8月 7日(金) 「2年生から遊びを教えてもらったよ」
8月 4日(火) 「平和は当たり前ではない」から考える」
7月31日(金) 「自分たちで育てたから、おいしい!」
7月28日(火) 「発見いっぱい!仙川のまち」
7月24日(金) 「タイルのおへやで考えよう」
7月21日(火) 「心が動く算数の学び~1億タイル完成!~」
7月17日(金) 「桐朋学園小学校との交歓会」
7月14日(火) 「放課後は小さな成長の時間」
7月10日(金) 「みんなの声の木~少数派の意見もちゃんと聴こうよ~」
7月 7日(火) 「ワールド人口密度カップ開催!」
7月 3日(金) 「想像を広げて読む」
6月30日(火) 「春の草花 ヨモギ団子づくり」
6月26日(金) 「止まらないカイコへの愛・・・」
6月23日(火) 「チャンスの神様は前髪しかない」
6月19日(金) 「かわいすぎて とろけそうだった」
6月16日(火) 「新聞島・チーム椅子取りゲーム」
6月12日(金) 「社会×美術 埋蔵文化センター見学」
6月 9日(火) 「ひらめきいっぱい!お米のつぶ数え大作戦」
6月 5日(金) 「桐朋っ子の大先輩たちと」
6月 2日(火) 「五感で見つけた「はっけん!はっけん!」」
5月29日(金) 「コンパスアートで広がる輪」
5月26日(火) 「紙をビリビリ破いていくと・・・」
5月22日(金) 「民舞団が熱い!」
5月19日(火) 「「へ」びのぬけがら」
5月15日(金) 「方位磁石をもって学校探検」
5月12日(火) 「色んな野菜を育てよう」
5月 8日(金) 「見守る2年生~1年生のお手伝い~」
5月 5日(火) 「詩を味わうたび」
5月 1日(金) 「春を感じて」
4月28日(火) 「ドキドキワクワクの新学年」
4月25日(土) 「いろいろな先生と」
4月22日(水) 「パートナーさんと学校探検♪」
4月13日(月) 「入学おめでとう。」
4月 9日(木) 「進級おめでとう。」
自分たちでつくる楽しみ
「運動会がおわったら、ハロウィンパーティーを企画したい!」という子どもたちの声から、クラスの会に向けた準備が始まりました。提案を聞いた仲間たちも、のりのりです。
自分から「やりたい!」と声をあげられること。そして、その声に仲間が応え、一緒に実現しようとしてくれること。そんな姿に、これまでの学校生活で育まれてきた信頼関係を感じます。
さて、話し合いは順調に進んでいるのでしょうか。……いや、そうでもないところもあります。ゲームは少しずつ決まってきましたが、映画選びで立ち止まってしまいました。根強い人気の野球観戦など、次々と意見が飛び出し、実行委員も大忙しです。
すぐに多数決で決めることもできますが、一番票を集めた案なら、みんなが納得できるのでしょうか。自分の思いを伝えることも、友達の思いに耳を傾けることも大切です。みんなで考え、話し合いながら、自分たちの生活をつくっていく。そんな経験を大切にしていきたいと思います。
さて、どんな結末を迎えるのでしょうか。映画選びの話し合いそのものが、映画に負けないくらい面白くなってきました。


桐朋小だよりを更新しました。
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10月20日(火) 「秋の桐の子まつり」
10月16日(金) 「はっぱをあつめて」
10月13日(火) 「知っているバナナ、知らないバナナ」
10月 9日(金) 「入魂袴でラッセーラ!」
10月 6日(火) 「心を一つに・・・」
10月 2日(金) 「いろいろ入れもの、かさたんけん」
9月29日(火) 「みんなで石拾い」
9月25日 (金) 「問いを囲んで考えるーてつがく対話ー」
9月22日(火) 「ア~ユ ボ~ワン!スリランカとの出会い」
9月18日(金) 「学年遊びで楽しくスタート」
9月15日(火) 「すいかわりで 再スタート」
9月11日(金) 「歩いて、考えて、たどり着いた一丁平」
9月 8日(火) 「願いをつないだ七夕のひととき」
9月 4日(金) 「クラリネットをこわしちゃった?」
8月28日(金) 「冷たい国語」
8月25日(火) 「自然の中で見つけたもの」
8月21日(金) 「泥だらけの笑顔があふれた遠足」
8月18日(火) 「生い立ちとあゆみ」
8月14日(金) 「世界に一つだけの竹馬づくり」
8月11日(火) 「それぞれが「出会った」高尾山遠足!」
8月 7日(金) 「2年生から遊びを教えてもらったよ」
8月 4日(火) 「平和は当たり前ではない」から考える」
7月31日(金) 「自分たちで育てたから、おいしい!」
7月28日(火) 「発見いっぱい!仙川のまち」
7月24日(金) 「タイルのおへやで考えよう」
7月21日(火) 「心が動く算数の学び~1億タイル完成!~」
7月17日(金) 「桐朋学園小学校との交歓会」
7月14日(火) 「放課後は小さな成長の時間」
7月10日(金) 「みんなの声の木~少数派の意見もちゃんと聴こうよ~」
7月 7日(火) 「ワールド人口密度カップ開催!」
7月 3日(金) 「想像を広げて読む」
6月30日(火) 「春の草花 ヨモギ団子づくり」
6月26日(金) 「止まらないカイコへの愛・・・」
6月23日(火) 「チャンスの神様は前髪しかない」
6月19日(金) 「かわいすぎて とろけそうだった」
6月16日(火) 「新聞島・チーム椅子取りゲーム」
6月12日(金) 「社会×美術 埋蔵文化センター見学」
6月 9日(火) 「ひらめきいっぱい!お米のつぶ数え大作戦」
6月 5日(金) 「桐朋っ子の大先輩たちと」
6月 2日(火) 「五感で見つけた「はっけん!はっけん!」」
5月29日(金) 「コンパスアートで広がる輪」
5月26日(火) 「紙をビリビリ破いていくと・・・」
5月22日(金) 「民舞団が熱い!」
5月19日(火) 「「へ」びのぬけがら」
5月15日(金) 「方位磁石をもって学校探検」
5月12日(火) 「色んな野菜を育てよう」
5月 8日(金) 「見守る2年生~1年生のお手伝い~」
5月 5日(火) 「詩を味わうたび」
5月 1日(金) 「春を感じて」
4月28日(火) 「ドキドキワクワクの新学年」
4月25日(土) 「いろいろな先生と」
4月22日(水) 「パートナーさんと学校探検♪」
4月13日(月) 「入学おめでとう。」
4月 9日(木) 「進級おめでとう。」
秋の桐の子まつり
秋になりました。前期自治の児童会活動のまとめとして、委員会ごとに企画を発表する「秋祭り」をしたいという、子どもたちの声が集まりました。
企画を考えてくれたのは、5・6年生。それぞれの委員会から多種多様な企画が生まれ、1~4年生の子どもたちが、思い思いに会場を回って楽しみました。体育委員会の「スポーツテスト」や、保健委員会の「キャップさがし」など、どの企画も大盛り上がり!


「遊ぶ時間、ぜんぜん足りなかったよー!!」という声がたくさん聞こえてくるほど、楽しい時間になりました。5・6年生が工夫をこらして準備してくれた企画を通して、学校全体で楽しむ秋祭りになりました。


保護中: 27年度 入学考査における連絡事項やお知らせ
はっぱをあつめて
「気に入った葉っぱを5枚集めてきてね!」
そんな声かけをすると、子どもたちはさっそく教室の外へ。色も形も大きさもさまざまな葉っぱを見つけ、それぞれお気に入りの5枚を集めてきました。

今回挑戦したのは、「はっぱじゃんけん、はっぱっぱ!」。掛け声に合わせて、集めた葉っぱの中からお題に合うものを選び、友達と勝負します。「大きい葉っぱ」「小さい葉っぱ」など、見比べるとすぐにわかるお題もあれば、じっくり観察しないと判断が難しいお題もあります。さて、どんなお題が出されたのでしょうか。それは、子どもたちと一緒に遊ぶときのお楽しみです。
今回の活動では、葉っぱに親しみ、遊びながらその面白さに触れることを大切にしました。普段は何気なく見過ごしてしまう葉っぱも、よく見てみると、一枚一枚に違った色や形、大きさがあります。友達の葉っぱと見比べることで、それぞれの違いや特徴にも気付いていきます。

身近な自然に目を向け、自分の目で確かめたり、友達と比べたりする経験は、これから学ぶ草木に関する説明文などの学習にもつながっていきます。遊びを入り口に、子どもたちの「もっと見てみたい」「比べてみたい」という気持ちが広がっていくことを期待しています。
親子で学ぶ [Ⅱ‐476]
6月土曜参観、6年生は親子で東京大空襲の体験を聞く機会をもちます。お話をされた竹内さん、元木さん、二瓶さんと出会い、戦争によって、傷つき、命が奪われ、苦しみ、悲しむ人たちがいたことを知ります。東京という地域でも戦争があり、その事実を知ります。親子で体験を聞いて、少人数グループで感想や意見を聞き合うことで、さらに考えます。
子どもたちにとって、目の前に、81年前の東京大空襲でたいへんな経験をされた人がおり、その人の顔を見て、その人の声、その人の様子などを通して、経験を聞いて、心揺さぶられたようでした。
親子の少人数グループでの交流、お互いに思ったことを聞き合います。友だち、親の気持ち、考えを知ります。自分の願いを相手に伝えるために、考えます。/お互いの話を聞いて、交流する中で、新しい自分がつくられていくのではないかと思います。
写真はすべて、一昨日のしぜんひろばで柿とりをたのしんだ時の様子です
〇竹内さん(1931年生まれ、被災年齢14歳、被災地江東区北砂町) 子ども時代、学校のこと。空襲の激しさと二度の被災などを話してくださいました。
〇元木さん(1934年生まれ、被災年齢10歳、墨田区菊川) 学童疎開のこと。空襲のこと。戦災孤児として生きたことなどを話してくださいました。
〇二瓶さん(1936年生まれ、被災年齢8歳、江東区亀戸町) 3月10日未明のこと、焼け跡に立った時のこと。妹さんのやけどのことなどを話してくださいました。
ご自身の声で、ことばで、直接話してくださることや、写真や焼夷弾など資料も見せていただいて、体験とつなげられて、たいへん心に響きます。
*竹内さん、元木さん、二瓶さんは、いろいろな場で証言をされています。『あのとき子どもだったー東京大空襲21人の記録』東京大空襲・戦災資料センター編、績文堂出版、『東京大空襲を忘れない』瀧井宏臣、講談社などに体験をお書きになっています。二瓶さんについて書かれた絵本もあります(Ⅱ‐465参照)。

親子で話を聞き、感想を交流する。そしてまとめる
子も親も自分の気持ち、考えを出して、聞き合うことで考えを深めています。まとめることで、振り返り、自身の考えに気づきます。グループでの話を聞き、まとめを読ませていただいて、私自身が子どもたち、保護者の方よりたくさん学ばせていただきました。みなさん、ありがとうございます。
◇Aさん ―そもそも戦争は怖すぎるから、オレなら一瞬で疎開しに行く。あと、元木さんは、よく戦争のことを話せるのは、スゴイと思った。オレなら、トラウマになって、話せなくなりそう。生きたまま焼かれていくなんて怖すぎるヨ。/親がいないとなったら、めっちゃ悲しいと思う。
Aさん親 ―お話の中で特に心に残りましたのは、国が戦災孤児を家畜のように「1匹、2匹」(「上野駅での浮浪児の数えられ方が1匹、2匹と物扱いされていたことは存ぜす」と他の方も発言)と呼び、裸にして牢屋に入れて収容したというお話です。
軍人の方々は孫まで恩恵を受けられるのに、戦災孤児に対して国が行ったことは大きな声で語られることがなく、国を訴えていた人たちも亡くなってしまっているという現実に胸が痛みました。中略
戦争はない方が良いに決まっていますが、戦争をビジネスと考えて積極的に行おうとする動きがあることも知った上で、子どもたちの生きる世界を守るために私たちにできることを一つ一つ考え合っていきたいです。
私事ですが、私の他界した父は戦争中B29に追いかけられ、隣を一緒に走っていた親友を失った経験をしていました。また祖父は戦後3年間シベリアに抑留されていましたが、命からがら逃げ出し、貨物船に飛びのって日本に帰国したそうです。今つないでもらっている命は戦争を乗り越え、様々の苦難から生きのびた祖父の大切な命であること、それを息子たちにつないでいること。これは家族でも話していることなので、この命の使い方を、これからも大切に考えていきたいです。
◇Bさん -戦争後の子どもたちが、戦争孤児となってしまったのが悲しいです。うろうろして、スリをしたり、食べ物を盗んだりしていた、というのが、かわいそうです。なぜならば、その戦争がなければ親がちゃんといて、食べ物にも困っていなかったはずです。
その戦争では、多くの皆の幸せを奪ってしまったと思います。そして、1匹、2匹と、子どもを数えられることも、つかまえられて衛生や環境の悪い所に裸で入れられることもなかったと思います。でも大人も結構余裕がなかったと思います。食べ物もまだ少ないし、 自分も死ぬかもしれない、となったら、余裕がなくなる。それで1人、2人とは数えられなかったのでは? と思っています。皆の余裕があったら、1人、2人と呼ばれていただろうに。子どもを保護するとしても、環境のいい所でなければ、病気で死んでしまったりするのでは? どうして保護した所の環境がよくなかったのであろうか? と疑問に思っています。
Bさん親 -前略 私の祖母は東京大空襲の日たまたま高等女学校受験のため広島から上京しており四谷の方に宿泊していたそうのですが、あの夜は眠れず火中にいる人たちが無事であるよう祈っていたと言っていました。その後広島へ戻り、被爆をしたわけですが、東京の空襲も同じくらい人が亡くなり、風向きや地形を計算して逃げ場をなくして焼き殺すという非人道的なものなのに、広島長崎と同じほど知られていないのはおかしいと申しておりました。
核兵器は廃絶派の波を感じてきておりますが、人類は核によらずとも戦略的に一夜にして核とほぼ同数の人々を大量虐殺した親のいない子どもたちをつくってしまったということに向き合わなければならないと感じました。体験をお話されるのも色々と思い出されてお辛いと思いますのに、大変貴重な機会をありがとうございました。全て生き延びてくださったからこそです。後略
◇Cさん -想像を絶する。死体の山が目の前にあるのに、何も怖さを感じなくなっていたのは、それ程すごい状態だったんだろうな。/戦争が起こる前は、色々恵まれてたけど、戦争が起きて親が死んで売られたりした話を聞いて、戦争が起きたせいで環境が一気に変わって可哀想だと思った。
Cさん親 -前略 ご両親と一番下の弟さんを亡くされた後、祖母の家で女中のように働き続けていたことや、「なぜ一緒に逃げなかったのか。だからお母さんが死んだのだ」と祖母に言われたことなど、大切な家族・頼る親を亡くして辛い経験をされた上で、さらにとても大変な生活や苦しい思いを強いられたことに胸が痛みました。また、教師が生徒を「低能」と呼んだり、戦争孤児が「浮浪児」と呼ばれたり、人間である子どもたちを「1匹、2匹」と数えたり、人身売買の対象にされたりしていたというお話からは、今では考えられないような子どもたちの置かれた厳しい現実を知りました。
戦争によって、日本全体が苦しい状況にあり、大人たちにも余裕のない時代だったのだと思います。しかし、その中で子どもたちの存在や尊厳が軽んじられていたことを強く感じました。
平和な社会でなければ、子どもを守ろうとする意識や、そのための余裕を持つことは難しいのかもしれません。今回のお話を通して、これからの未来に向けて、私たち大人が果たすべき役割は、平和を守り続けること、そして子どもの権利と尊厳を守り抜く強い意志を持つことだと感じました。後略
◇Dさん ―防空壕に男の人は入れなかったと話されていた。それは平等じゃないし、当時の国民も男の人も入れるようにしてほしかったと思う。二瓶さんは自分で描いた空襲が起きて人々が逃げてるところの絵を見せてくれながら話してくれた。二瓶さんは当時8歳でそこらじゅうに焼けた死体がころがっているのを見てよく耐えれたなと思った。/戦争は勝っても負けても、多くの人が死んでしまうわけだから、良いことなんて一つも無いと思った。
Dさん親 ー3月10日の0時過ぎに焼夷弾が落ち始め、たった5時間には、東京下町一帯は焼け野原になっていたと話されていた。焼夷弾の残忍さと無差別に多くの人たちが殺された戦争の恐ろしさを改めて知りました。
私自身は小倉市で生まれ育ちました。長崎で投下された原子爆弾は小倉が第一目標だったので、「天候が良く、小倉に落ちていたら、生まれてなかったよ」と、よく祖母が話していて、原爆は決して他人事ではないと聞いていました。息子とは、今のあたり前に感謝をして、平和の尊さを忘れていけないねと話しました。
◇Eさん ―戦争、当時はすごく暗い時期で、悲しいと思いました。それプラスに子どもたちが戦いごっこをしていたということに私はすごくびっくりしました。私は小さい頃戦争はいけないものだと思っていました。でも当時本当に戦争を体験している子どもたちは、ごっこを作り、しかも軍人や看護師になるのを憧れていたなんてびっくりです。
あと思ったのは、3~6年までの子たちは国の決めたところに行くのに、なぜ1、2年生はだめなのだろうです。なんなら小学生という前提にすればいいんじゃない? 場所がないから? お金がないから? なぜかは分からないけど、おかしいと思いました。
日本はすごいアメリカに攻撃されてすごい何万人も死んだと強調しているけど、日本はもっとひどいことを他の国にやっていたのはどうなの? しかも本当はアメリカはビラを配っていた。それを触ってはいけないというのはおかしい。日本は自分の国の人々に死んでほしかったの? 当時の日本の政治の人たちはほんとうに間違っていたと思う。
Eさん母 ―娘にとって戦争の中で生活していた二瓶さんの話は、信じがたい事の連続だったようです。特に当時の人はなぜそう考えたんだろう、という疑問だらけでした。
戦争が勝っていると信じなければいけいなこと、戦死は名誉な事で、子どもが戦いごっこ、看護師ごっこを楽しむ事、防空壕に男が入らない事、飛行機からビラがまかれ(日本は負けるから降伏して逃げなさいと書かれてある)それを拾ったら逮捕されることなど。同じ人でも生きている状況によってすっかり変わってしまうんだろうなと思いました。
◇Fさん -ぼくが竹内さんやみんなの話を聞いてもっとも思ったことは、戦争はやはりとても悲惨なものだということです。/竹内さんは短い時間でたくさんのお話をしてくださいましたが、ぼくが一番驚いたのは、焼夷弾のことです。実際の焼夷弾の大きさも初めて見たし、それが蜂の巣状につめられて325万発も2時間の間に東京の限られた地域に落とされたなんて、とても恐ろしいことだと思いました。もしも自分だったら、とても生きてはいられなさそうだし、家族の命も失くなるかと思うと、胸が痛くなりました。
交流の時に、Hが「恐ろしい思いをすると、人は感情がなくなってしまうという事が印象的だった」と言っていた。ぼくは感情がなくなったことはないけれど、もし、ぼくの友だちや家族が亡くなってしまったり、見たこともないような風景を目の当たりにしたら、ぼくも心がなくなってしまうかもしれません。
竹内さん、ぼくたちのためにたくさんのお話をありがとうございました。あの時何があったかをぼくはこれからも勉強していきたいと思います。
Fさん親 -3年前の夏、息子たちと東京大空襲・戦災資料センターに足を運び、その時に焼夷弾の不発弾が当たった痕が残るピアノを目にしました。ポツンと置かれたピアノでしたが、その傷ついたピアノが80年あまり前の3月10日、夜のすさまじさをありありと語っているようで、とても印象に残っていました。
しかし、今回、実際に竹内さんのお話を聞くことができ、その当時を生きていた方々の日常や生活を改めて肌で感じることができたように感じました。
当時の装い、流行していた歌、共に生活をされていた近しい方々のこと、そして一度しかない十代を生きていらした竹内さんの少女の思い、一つ一つのお話に心打たれました。息子も目に涙をうっすらと浮かべてお話を聞いていました。
今日の日のことは親子でずっと忘れません。後略

戦争の話を直接聞くのははじめてという保護者が増えています。子も親もはじめて戦争の経験を直接聞く、子親でともに学び考える機会を持つ、はじめてのことに対して子親で語り合うことになります。
保護者の方の中には、戦争にかかわる話、記憶がこの機会に呼び覚まされ、それを伝えよう、共有しようとされることも起きます。

知っているバナナ、知らないバナナ
4年生の「地球市民の時間」では、「スリランカと出会おう」をテーマに、スリランカに暮らす飯塚淳子(いいづかじゅんこ)さんから、現地の暮らしや文化について教えていただきました。
気候や学校のこと、シンハラ語をはじめとする3つの言語、多民族国家としての文化など、さまざまな話を聞く中で、子どもたちの目の前に現れたのが、大きなバナナの花でした。

普段から食べているバナナ。でも、その花を見たことがある子はほとんどいません。「これは何だろう?」と、最初はバナナとは思えなかった大きなつぼみを、一枚ずつむいていきます。すると、中から現れたのは、たくさんの小さなバナナ。いつも食べているバナナが、どのように実をつけていくのか。その姿を実際に目にすることで、子どもたちの「知っているバナナ」のイメージが大きく変わっていきました。

さらに、そのバナナの花を使った料理も味わいました。バナナの花を使ったカレーを、甘口と辛口で食べ比べたり、パンと一緒に味わったりしながら、スリランカの食文化を体験しました。
一つのバナナの花をきっかけに、植物の育ち方、食文化、そしてスリランカの人々の暮らしへと、子どもたちの興味は広がっていきました。

今回の授業では、たくさんのことを知識として学んだだけではありません。実際に見て、触れて、香りを感じ、味わうことで、「知っているつもりだったもの」の知らない一面に出会いました。そして、その驚きが「もっと知りたい」という次の学びへとつながっています。
入魂袴でラッセーラ!
1年生は、理工室で「たまねぎぞめ」に取り組みました。運動会で踊る「荒馬」で使う袴を、自分たちの手で染めていきます。
まずは小さなハンカチを使って、染め方を練習。「どんな色になるのかな」「きれいに染まるかな」と、わくわくしながら取り組みました。
ハンカチでの練習を終えると、いよいよ本番。運動会で身に着ける大きな袴を、一枚一枚ていねいに染めていきました。

久しぶりのたまねぎぞめでしたが、子どもたちはとても上手に染めることができました。たまねぎの皮から生まれたやさしい色に染まった袴は、どれもそれぞれに味わいがあり、まさに世界に一つだけの「特別な袴」です。
自分たちでつくった袴を身に着けて、運動会の舞台で思いきり「荒馬」を踊る1年生。どんな表情で、どんな姿を見せてくれるのでしょう。今からとても楽しみです。

子ども団呼びかけ集会 [Ⅱ‐475]
2026年後期の子ども団呼びかけ集会を行いました。「興味が持てるように、魅力を感じるように、アピールしよう!」と、はりきって取り組んでいました。
子ども団は、5、6年生で行う活動。週に一回、やりたいことを思いきり楽しむ時間です。やりたい団を考えて、「この指とまれ!」と呼びかけ、仲間が集まります。集まった人数、場所や教員の参加で団が成立。これまでも理科実験、カルタ、ピタゴラスイッチなど、様々な団が生まれました。

写真は、子どもたちが主人公の運動会の様子から。
今回、作りたい団として呼びかけがあったのは、
・バスケットボール ・ハンドボール ・バレーボール ・ドッジボール ・サッカー ・陸上 ・民舞 ・火おこし ・お笑い ・推し研究 ・クラフト・イラスト ・音楽 ・イラスト ・読書 ・めいそう
ことばで説明する、実際にやってみせるなど、いろいろな発表と呼びかけがありました。呼びかけの中からです。
火おこし団
火おこし団では、ただ火をつけるだけではありません。自分たちの手で火をおこして、その火をどう使うか、何をやってみるかを、集まったみんなで考えていきたいと思っています。
火がなかなかつかない時は、どうしたらつくのか考える。うまくいかなかったら、もう一度やってみる。そして、やっと火がついた瞬間は、きっと特別です。
その火で、マシュマロを焼いたり、目玉焼きを作ったり。他にも「こんなことをやってみたい!」というアイデアがあったら、みんなで相談して挑戦してみたいです。
火をおこすところから、自分たちで楽しみを作っていく。そんな団にしたいと思っています。
火おこしが好きな人はもちろん、「ちょっと面白そう」「何かやってみたい」と思った人も大歓迎です。
一緒に、火おこし団を作っていきませんか?
めいそう団
突然ですが、授業中、寝たい人―。
(はーい)
…ですよね。でも、さすがに「寝る団」を作るのは厳しい。そこで、寝る時のような、力が抜けていく感覚を、めいそう団で完全再現しようと思います!
もちろん、ただ目をつぶるだけじゃなくて、団全員で「どんな音がいいか」「どんな姿勢がいいか」などを週替わりで研究しようと思います!
皆さん、ぜひ入ってください! お願いします!
聞いていて、おもしろそうだな、入りたいな、一緒にやってみたいなと思いました。興味が持てるように、魅力を感じるように、アピールしようとする姿から、心がわくわくしました。その後の質問とやりとりもよかったです。
桐朋小学校は、「自分自身の人生の主人公に、そして社会のつくり手となりゆくめためのねっこを育てる」を教育目標にしています。その目標を実現するために、自治を大事にし、他者とのかかわりを育てています。
大事なことを自分たちで決めていく経験、さまざまな参加活動を通して、社会のつくり手となる市民としてのねっこを育くみます。今回「2026年後期の子ども団呼びかけ集会」もそうした場でした。

桐朋で出あい、お世話になった方のお一人に、前理事長、元桐朋中・高等学校校長 小柳敏志先生がいます。先生の書かれた『学ぶこと、未来へ いまを生きる中学生・高校生へ』を時々読み返し、私たちが大切にしていることを考えます。
「教育基本法と桐朋教育」では、「私たちの桐朋教育、桐朋という学校は、これまでの教育基本法を原点にしています。1947年に制定された教育基本法に中心的にかかわったのが、当時の東京文理科大学、のちの東京教育大学学長の務台理作先生でした。その務台理作先生が、その時の1947年4月、国立の桐朋第一中学校、仙川の桐朋第二中学校の両方の初代校長に就任されました。そこから、桐朋という学校は、「教育基本法の精神」、すなわち、一人ひとりの人間とその個性を大事にし、それぞれがもっているよさや特徴が十分に発揮されるような教育を行おうとしてきました。(中略)私たちは、従来の教育基本法で示された理念は、時代が変わろうとも、色あせない、大事なもの、普遍性があると考えています」と書かれていました。
私たちの日々の保育、教育実践は、「教育基本法の精神」「一人ひとりの人間とその個性を大事にし、それぞれがもっているよさや特徴が十分に発揮されるような教育を行」っているか、自治を大事にすることと「一人ひとりの人間とその個性を大事にし、それぞれがもっているよさや特徴が十分に発揮され」ていることが重なりあって取り組んでいるのかを問い続けます。