(現年中児限定)3/25(水)しぜんひろばで遊ぼう会について

本日のしぜんひろばで遊ぼう会は、予定通り開催いたします。

よろしくお願いします。

 

※本日、雨の可能性がございます。

途中、雨が降ってきてしまった場合は、ひろばをご覧いただくのみになってしまう可能性がありますこと、ご承知おきください。

 

教務

 

 

 

第67回 卒業式 [Ⅱ-457]

 3月17日、児童72名(67期)が桐朋小学校を卒業しました。おめでとうございます。

 保護者、招待者の皆様のご出席をいただいて、桐朋小学校卒業式を挙行できましたことを感謝申し上げます。

 卒業生保護者の皆様には、お子さんの桐朋小学校卒業を、心からお祝い申し上げるとともに、あわせて、今日まで桐朋教育に対する温かいご理解とご協力に、厚く感謝申し上げます。ありがとうございました。

 

 式では、卒業証書授与、同窓生の言葉(桐朋高校1年、卒業生のパートナー学年。あたたかく、未来に向けて励ましてくれました)、PTA会長お祝いの言葉(お祝いの言葉の中には、卒業生の1~6年時のすべての学級通信名が入っており、書かれた内容に感動しました)、お祝いの表現(在校生を代表して5年生。すばらしい表現でした)、卒業生の表現、くす玉わりなどを行いました。

  ここでは、卒業生の表現の一部を紹介します。一人ひとりが桐朋小学校での思い出を表現し、それぞれの思いが伝わってきました。

    

【卒業生の表現】

一年生の最初の頃はコロナのこともあって、パソコン越しで授業をしていた。あんまり話せなかったけど、学校にいけるようになったらみんなと仲良く話せて、いつも通りの授業ができるようになって本当によかった。最初の自己紹介をよく覚えています。

一年生のとき、パートナーから電話がかかってきて、ドキドキしながらお話したことを覚えています。はじめてパートナーと会ったとき、すごく優しくて、私も 5 年生になったらこんな人になりたいなと思いました。

1 年生の思い出。休み時間に、HやYとしぜん広場に行った。1 日 3 回も池ポチャした。

2 年生から 4 年生にかけてとても熱中したことは一輪車です。テラスで友だちと一輪車鬼ごっこをしたり、新しい技に挑戦しました。まとめの会で一輪車を発表するために、自分達のオリジナルの技を考えたりもしました。一生懸命になって練習したことはとてもよい思い出です。

3年生と 4 年生の頃に担任してくれた先生との 2 年間がとても楽しかったです。特に楽しかった授業は食レポをしたことです。私は昔から食べることが大好きだったから、水丸もちという透明なおもちやゼリーを食べたりして思い出にのこる授業でした。

4 年生の時。先生に国語の授業で読んでもらった「窓ぎわのトットちゃん」。今でもその物語が心にのこっています。初めて平和について考えはじめたときでした。

はじめての地球市民の時間では、ウクライナ人のリアとヤンが来ました。私はこの地球市民の授業を楽しみにしていました。リヤとヤンからウクライナのことをいろいろ教えてもらいました。2 人は私にとっての唯一の外国人の友だちです。本当にその日は楽しかったです。

桐朋小学校では、教科書の内容をただ学習するだけでなかった。実際に体験することで「どうしてそうなるのか」を試してみて、理解することができた。

音楽で歌を歌ったり楽器を弾いたことがとても楽しかったです。クラスのみんなで、息を合わせて楽器を弾けたときの達成感は忘れられません。先生が歌のコツを教えてくださり、さらに歌が好きになりました。

6 年生の社会の授業で歴史がもっと好きになりました。模擬投票をしたり、ニュースをたくさん観たりしたことで、時事問題に関心を持てるようになりました。「自学」で社会の授業で気になったことや、クラスで疑問となったことを調べられて楽しかったです。

毎週金曜日の算数の授業でやっていた「数学者の時間」がとても面白かった。毎週違った頭を使う問題が出ているので、いつもほんとうに頭を抱えながら解いていた。クラスで僕が油分け算のパターンを見つけたときは、とても爽快だった!

僕は昔から社会科が苦手で大変でしたけれど、6 年生の後半に先生から武士の社会の話を聞いてとても楽しくなりました。今では社会が楽しみになり、とても好きな授業です。

僕の思い出は、鬼ごっこです。テラスに隠れたり、ゴミ箱の後ろに隠れたり楽しかったです。でも、様々な先生に怒られました。今となっては、全部いい思い出です。中学生になったら廊下は走らないようにします。

4 東テラスで手打ちを毎日やったのが思い出です。ホームランを打ったときは気持ち良く、アウトになってもすぐに打席に回ってくるから、とても楽しかった。守備はジャンプしてとったりするとナイスプレーで気持ちよかった。

被爆された笠岡さんのお話を直接聞いて学んだことは、たった 1 つの核爆弾でも14 万人の人が亡くなり、多くの人が悲しんだりしたことです。自分にできることは、戦争の語り継ぎをしたり、戦争にならないように意識することです。

修学旅行ではたくさんのことを学んだ。戦争で受けた被害だけではなく、日本の加害のことも知ることができた。夜こっそり夜更かしをしたことや、宮島での買い物、大久野島でのウサギとの触れ合いなど、みんなのおかげでとても楽しかった。私は本当にクラスメイトや友だち、先生に恵まれました。みんな大スキだよ。

お祝いの言葉】(中村より) 

 これまでの取り組みで、ご家族からの聞き取りをまとめた「自分史」があります。

 誕生前、お母さんは、お腹の赤ちゃん、すなわちあなたに会える楽しみから体調の変化を乗り越え、 誕生時には、ご家族みんなが、喜び、幸せをかみしめ、誕生後、大切だからこその苦労や喜びなどが 綴られていました。

 話を聞いて、「12年も 前の出来事なのに、産まれる前のことや生まれた時のことを、まるでついさっきの出来事のようにまざまざと覚えていることに驚いた」、「産んでくれてありがとう」、「本当に自分は愛されているな」などと受けとめていましたね。

 小学校入学時はコロナ禍で、社会の混乱、休校や分散登校、制限された生活、遊び、パーテーションの使用など、皆さんも、保護者の方も私たちも不安になり、不自由でした。そうした経験も乗り越えて、皆さんは育ちました。

 6年間でみれば、身長が20㎝~40㎝以上伸び、体重が10~20㎏以上増えるなど、それぞれのペースで大きくなりました。学びを通して、人との繋がり、知識や技術を獲得し、自分たちの世界を築いてきました。また形として見えにくい、内面、意思、感情、思考など大きく変化させ、信頼感、肯定感、有能感などを育ててきたと思います。

 桐朋小学校では、東京大空襲や原爆を体験された方、「難民」として日本に来られた方など、現在を 懸命に生きるたくさんの人との出あいがありました。トピックスの授業では、原因不明で車椅子生活となった中嶋涼子さんと出あいました。

 中嶋さんは、他者との違い、障害者への眼差し、環境など、苦しんだことも率直に話してくれました。さまざまな葛藤と豊かな経験をして、「できないことを数えるより、できることを見つけて」、現在、心と社会のバリアフリーを願い活動をしています。

 皆さんは、中嶋さんのお話から、「かっこいい」と憧れたり、一歩踏み出す勇気をいたただいて、多様でどの人も大切にする社会のあり方についても考えました。

 そして、「私も、少しだけ心のバリアを開こうと思います」と、自分を開こうとしたり、「これからは、私にできること、ありますか? と声をかけたい」と、行動を変えたいと考えました。やわらかな心で考え、自己を表現し、他者との関係をつくっていこうとする皆さんです。

 何より、やりたい、やるぞという気持ちで、前に進もうとするエネルギーがあって素敵です。

 皆さんが過ごした桐朋小学校は、自身の人生の主人公となり、社会のつくり手となりゆくための根っこを育てることを目標にしています。

 民主的な対話を通じて、平和を創る。地球環境を守る。人権を尊重し、お互いを認め合いながら、共に生きていく大きな願いを持っています。これからも、皆さんといっしょに大切に築いていきたいです。

 これから、中学生時代という類を見ない激動と成長の年を過ごされるでしょう。

 あなたの未来は、あなたの意思で切り拓くあなた方のもの。世界に一人、歴史の中で自分のことを価値ある存在として、自分自身が認められることを大切にしてください。

 それから、あなたは一人じゃありません。ご家族、友だち、仲間、先生、いろいろな人と出あい、繋がりがひろがります。

 自分は自分であって大丈夫。なりたい自分を大切にして、進んでいこう。

 応援しています。

 保護者の皆さんは、これからも、子どもたちの一番の見方で、子どもたちが安心していられるよう、よろしくお願いします。

 最後に、ここにいる全員で、大きな、あたたかな拍手で、卒業をお祝いしましょう。「卒業、おめでとう。」 

卒業式の写真を⒉枚。その他、6年生「桐朋小 線対象、点対称デザイン」作品の写真4枚。最後の2枚は、幼稚園進級式でのお祝いの合図で変化する絵作品(左はたんぽぽの絵から、右はばらの絵からこの絵に変化)

桐朋小だよりを更新しました。

「桐朋小だより」を更新しました。以下、2025年度更新記事一覧です。

タイトルをクリックすると記事をご覧いただけます。

子どもたちの様子をお楽しみください。

 

 3月19日(木) 「卒業おめでとう」

 3月17日(火) 「卓球台で卓球ができる!」

 3月10日(火) 「6年生を送る会」

 3月 6日(金) 「えねこやの出張授業

 3月 3日(火) 「次年度の委員会活動に向けて」

 2月27日(金) 「掃除もばっちり!」

 2月24日(火) 「卒業生の授業 新聞記者の荒さん」

 2月20日(金) 「弦楽四重奏、卒業生の演奏会」

 2月17日(火) 「大事なのは『わかる』こと、『できそうになる』こと」

 2月13日(金) 「七草がゆで元気いっぱい!」

 2月10日(火) 「雪が降ったら雪遊び!!」

 2月 6日(金) 「パートナーさんからおすすめの本が届いたよ!」

 2月 3日(火) 「体を動かしながら物語を楽しむ」

 1月30日(金) 「なんでも発表会」

 1月27日(火) 「工場見学にビーチコーミング!」

 1月23日(金) 「○○家族写真を撮ってみよう」

 1月20日(火) 「低学年の人たちにもわかりやすく!」

 1月16日(金) 「『どうしたらゴミは減らせるか?』~学んでまとめて伝え合う~」

 1月13日(火) 「干し柿づくり 第二弾」

 1月 9日(金) 「干し柿づくり 第一弾」

 1月 6日(火) 「中高図書館ツアーに行ってきました」

12月26日(金) 「『ねじねじ ぎゅっぎゅっ』しめ縄づくり」

12月23日(火) 「修学旅行報告会を行いました」

12月17日(水) 「タネもしかけも夢もある!マジックワークショップ」

12月12日(金) 「みんなで素敵な響きをつくりあげました」

12月 5日(金) 「もうすぐ音楽会!」

12月 2日(火) 「初等部70周年をみんなでお祝いしました」

11月26日(水) 「おいしい楽しい焼き芋会♪」

11月18日(火) 「クラスの活動を自分たちでつくっていくということ」

11月11日(火) 「1年生 秋の遠足」

11月 7日(金) 「将来の夢は…『ドリームボックス』」

11月 4日(火) 「ゴミはどこにいくのだろう?」

10月31日(金) 「すごいよ!とうほっ子2年生!『秋の遠足』」

10月28日(火) 「朝のしぜんひろばで」

10月24日(金) 「熱の伝わり方は?」

10月17日(金) 「『2年生がとってもやさしかった』」

10月14日(火) 「泥だらけになって遊びました」

10月11日(土) 「足をピーンと!」

10月 4日(土) 「いよいよ運動会、準備ありがとうございます」

10月 3日(金) 「運動会の予行練習を行いました」

 9月30日(火) 「ぐんぐん伸びています」

 9月26日(金) 「みんなで石拾い」

 9月24日(水) 「待ちに待った外遊び!」

 9月19日(金) 「どれにしようかな~」

 9月12日(金) 「運動会に向けて」

 9月 9日(火) 「みかぐら練習中!」

 9月 5日(金) 「引き取り訓練を行いました」

 9月 2日(火) 「2学期が始まりました」

 8月29日(金) 「育てて食べる」

 8月26日(火) 「泥にまみれる」

 8月22日(金) 「物語とつながる葉っぱのお手がみ」

 8月19日(火) 「5年八ヶ岳合宿その②」

 8月 8日(金) 「5年八ヶ岳合宿その①」

 8月 5日(火) 「『初めてセミの羽化を見た』 4年合宿その③」

 7月31日(木) 「『カエルを57ひきつかまえた!』『見て見て、サワガニ!』 4年合宿その②」

 7月29日(火) 「全員がリーダー!みんなで創る合宿を… 4年合宿その①」

 7月25日(金) 「わくわく ほくほく 蒸かし芋」

 7月22日(火) 「『サマーワールドフェス in TOHO』」

 7月18日(金) 「6年生では百人一首が人気」

 7月15日(火) 「世界に一つだけの竹馬にのってみよう」

 7月11日(金) 「金属のさまざまな性質を調べよう」

 7月 8日(火) 「桐朋学園小との交流会」

 7月 4日(金) 「広がる、科学の世界」

 7月 1日(火) 「あじさいがいっぱい」

 6月27日(金) 「『自分たちの手で学校をつくっていこう!』」

 6月24日(火) 「仙川オリジナル地図を作っています」

 6月20日(金) 「田んぼを作ろう」

 6月17日(火) 「今しかできないあそび」

 6月12日(木) 「おいしい梅ジュースになあれ!」

 6月10日(火) 「手拍子で応援!~中高生の体育祭~」

 6月 6日(金) 「春の遠足」

 6月 3日(火) 「カイコが生まれたよ!」

 5月30日(金) 「八ヶ岳合宿で自然を満喫プログラム」

 5月27日(火) 「パートナーさんと学校探検その2」

 5月23日(金) 「待ちに待った高尾山遠足」

 5月20日(火) 「遠足に行ってきました。」

 5月16日(金) 「ヨモギだんごづくり」

 5月13日(火) 「2年生『みんなでつくった春の遠足』」

 5月 9日(金) 「消防車の写生会」

 5月 7日(水) 「地区別懇談会を行いました」

 5月 2日(金) 「みんなで1年生を温かく迎えました」

 4月28日(月) 「子ども団始動!」

 4月25日(金) 「パートナーさんと学校探検」

 4月22日(火) 「池ぽちゃ第一号誕生!」

 4月18日(金) 「入学式を行いました」

 4月15日(火) 「3年生、始まりました」

 4月11日(金) 「新年度が始まりました」

卒業おめでとう

今週、卒業式が行われました。

72名の6年生が、とても立派に卒業していきました。

在校生代表として5年生が式に参加し、6年生への感謝の気持ちを込めて表現を行いました。

 

今年の6年生は、コロナ禍真っ只中での入学でした。なかなか会えない日々、ようやく会えても、マスクをしていて顔が見えなかったり、近づくことができなかったり、とても制限の多い、大人たちにとってもつらい毎日でした。

そのような中でも、できることを目一杯、全身で楽しんでいた子どもたちの姿が、多くの先生たちの目に焼き付いています。6年間、たくさんのことに挑戦し、全力で楽しんできた子どもたち。中学へ行っても、たくさんの思い出を胸に、自分らしく頑張ってほしいと思います。

卒業おめでとう。

 

卓球台で卓球ができる!

一足先に、6年生から卒業記念品をいただきました。いただいたものは、念願の卓球台!

今までプレイルームに普通の机を2個つなげて置いてやっていましたが、本物の卓球台が来て子どもたちは大喜び。

今はまとめの会(年度末に各クラスで行う会)シーズンのためプレイルーム外の廊下に置いていますが、それでも毎日誰かが使っています。

6年生のみなさん、ありがとうございます。みんなで永く大切に使いましょう!

 

「車椅子インフルエンサー」中嶋さん [Ⅱ‐456] 

1、3月、「車椅子インフルエンサー」の中嶋涼子さん(卒業生)に6年生の授業をしていただきました。

 毎年、中嶋さんに授業をお願いしています。私たちは中嶋さんと出あい、いろいろなことを感じ、学ばせてもらっています。

 中嶋さんは、小学校3年生の時に、原因不明で下半身が動かなくなり、車椅子の生活を送ることになりました。1年以上の入院を経て桐朋小に戻ってきた際、友だちはこれまでと変わらずに接してくれたと話しました。しかし、車椅子での生活、周囲の目、自身の障がい者観などから、学校以外では「ひきこもる」ようになったそうです。それを変えたのが、映画「タイタニック」との出あいでした。映画の内容、主演のデカプリオ氏に憧れ、計11回もこの映画を観たそうです。

 その後、高校を卒業し、アメリカに留学をしました。Can I help you? などと声をかけてくれるたくさんの人、仲間や教員らのさまざまな年齢、人種、皮膚の色、言語、…多様な人たちとの出あい、日本と異なる施設や環境などから、心と社会のバリアフリーを感じられたそうです。帰国し、念願の映画会社に就職。ところが、日本での生きづらさを感じます。そして、会社をやめ、「日本も心と社会のバリアフリーがもっと広がるように」願い、車椅子インフルエンサーとして活動をすすめています。

 中嶋さんのアメリカでの話を聞きながら、世界人権宣言の「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」(第1条)と述べていることの実現をすすめたいと考えました。

2、中嶋さんの話を聞いた6年生の感想を少し紹介させていただきます。

 「アメリカに留学した時のお話が一番心に残りました。日本はスロープやだれでもトイレ、車椅子用のスペースがあるので、かなりバリアフリーが進んでいると思っていました。けれど、車椅子じゃない人用の施設の方がずっと多いし、車椅子じゃない人用の施設を基準で考えると、かなり少ないことを気づかされ、車椅子スーザーの人からの視点で考えることが私に不足していたと思うと情けないです。日本に比べアメリカはお話を聞いた後、『一人ひとりが違うのが当たり前』という考えが強いのだと思いました。」

 「僕は、車椅子とは、あんまりできることが少ないのかなと思っていたけれど、今回のお話を聞いて、それは間違っていることを知りました。日本よりアメリカの方が障害をもっている人は生活しやすいのかなと思いました。車椅子でもできることが多く、そのことをみんなに発信していてすごいなと思います。このことは中嶋さんにしかできないことだと思います。そして、中嶋さんのおかげで、勇気づけられた方はいっぱいいると思います! 僕も大人になったらそういうことを全国・全世界に伝えられたらなと思います。」

 「自分の中の『当たり前』が変わった気がします。様々な困難をへて、車椅子インフルエンサーとして活動している中嶋さんは、とても輝いて見えました! 『タイタニック』によって励まされたこと、ハワイ旅行で『当たり前』に暮らすことができて勇気づけられ、心のバリアフリーに気付いたこと、それでも日本では不便が多かったことは、全て中嶋さんにしか感じられない事なんだと思います。私もいつか、中嶋さんのように、障害をかかえて引きこもっている人や、不安をかかえている人に希望をあたえる人になりたいです。」

 中嶋さんとの出あいから、自分のこと、周りのこと、社会のことに目を向け、考えたという感想がたくさんありました。6年生の人たちの感度の良さ、心の柔らかさなど、羨ましく思いました。

3、中嶋さんとともに過ごした仲間の声を紹介させていただきます。

 (前略)「バリアフルレストラン」という取り組みのスタッフ役で参加していた一人に、小中高校の同級生がいました。彼女の存在は、あるいは彼女とともに教育を受けた環境は、その後の私のものの見方に大きく影響してきました。

 彼女は私たちが小学3年生だった1月、突然歩けなくなり、以来、車いすを利用しています。同級生といっても、小学校の6年間は一度も同じクラスになったことがなく、お互い顔を知っている程度。当時の私は、彼女の仲良しの友人たちが慣れた様子で車椅子を押したりじゃれたりしているのを、遠目で見ていただけでした。

 それでも、同級生が突然、原因不明で歩けなくなったという出来事は、もしかしたら大人が思う以上に、当時子どもだった私にとって、決して人ごとではありませんでした。自分にも起こることかもしれない、という思いがどこかにずっとあるように思います。

 それから少しずつ、私の通っていった学校には変化が起きました。昇降口にスロープができ、階段に昇降機がつき、多目的トイレができました。昇降機がない階段は、周りの大人たちが軽々と運ぶのが日常でした。5、6年生の教室は3階にありましたが、私たちの学年は卒業まで2階の教室を使い、中学校にはエレベーターができました。誰も特別なことだとは思っていなかったように思います。やればできるということを、今から思えば周りの環境のおかげで、私たちは当たり前に学びました。

 いまでこそ「インクルーシブ教育」といわれますが、当時は前例のなかったことだらけだったのだろうと推測します。決して美談ではなく、一同級生にすぎなかった私には見えなかった、様々な困難や問題もあったのだとも思います。

 (中略)親御さんや先生たちをはじめ、周りの大人たちが手探りで、彼女の当たり前の権利を守ったのだと、そして、彼女の同級生――特に親しかったわけでもない、いち隣のクラスの同級生を含めて――にも大きな影響を与えたのだと、いま改めて思います。

4、中嶋さんとともに、授業に参加をされた方の感想を紹介させていただきます。

 「母校での講演を拝見し、中嶋さんという人物がどのような環境の中で育まれてきたのか、その人格の輪郭となる大切な背景を垣間見させていただいたように感じました。」

 「特に印象的だったのは、車いすであることを特別視するのではなく、自然な形で受け入れ、子どもたちが小さな頃から触れ合える環境を大切にされている点でした。/また、学校の中で課題が生じた際に、先生方が迅速に工夫しながら環境を整えていかれたお話にも大変感銘を受けました。」

 「講演の後、中嶋さんが階段の昇降機や入口のスロープ、理科室の机を車いす仕様にしていただいたことや、車いす用のトイレを作っていただいたことなど、 嬉しかった大切な思い出として、ひとつひとつ紹介してくれたことがとても心に残りました。/そのような姿勢が、今の中嶋さんの考え方や行動にもつながっているのだと感じました。」

園庭、校庭にアンズが咲きはじめ、春を感じます

 中嶋さん、中嶋さんとつながる皆さん、たくさんのことを教えてくださり、たいへんありがとうございました。これからもたくさん学びたいと思いますので、よろしくお願いします。

6年生を送る会

先週、6年生を送る会を行いました。

第1部では、全学年が体育館に集まり、学年ごとにお祝いの表現をします。

 

1年生は歌を歌い、3年生は6年生にまつわるクイズ、4年生はリコーダーの演奏と思い出の発表、そしてパートナーとしてたくさんお世話になった2年生はお手紙のプレゼントを渡しました。どれもとても素敵な発表で、特にパートナーからの手紙を大事そうに読む6年生の姿が印象的でした。

 

 

6年生からは、全体での歌や、何人かによる6年間の思い出の発表がありました。その人らしい思い出や言葉、そして6年生ならではの表現力。あと少しで卒業なのだということを、下級生たちは感じ取ったことと思います。とてもかっこよかったです。

 

 

第2部は遊びの時間。委員会の5年生がそれぞれ遊びを企画し、全校の子どもたちを楽しませます。6年生を送る会なので、「6年生とのふれあい」も大事なポイント。「6年生と一緒に来たらいいことがあるよ!」というように、各委員会、様々な工夫をしていました。

 

 

どの委員会も大盛況!6年生の力を借りずに自分たちだけで企画運営を行った5年生。てんてこまいになりながらも、生き生きと活動する姿が素敵でした。「6年生ありがとう」という気持ちと、「次は自分たちが先頭に立って、桐朋小学校をつくっていくのだ」と気持ちを新たにする、そんな時間になったことでしょう。

卒業式まであと1週間。改めて、6年生に感謝の気持ちを伝えたり、話をしたりする時間にしてほしいと思います。

 

 

えねこやの出張授業

1月末に、えねこや(※)の方々に来校いただき、暮らす上での環境に優しい様々な工夫について学ばせていただきました。
※一般社団法人えねこや
「えねこや」は、自然の力でつくったエネルギーだけで、心地よく過ごせる小さな建築のこと(エネルギーの小屋)。
詳しくは、こちらを参照ください。 https://enekoya.com/

子どもたち自身が身近に考えることができる視点を元に、5つのコーナーに分かれて話を聞きました。話を聞いた子どもたち一人一人が、今出来ることを考える上で、参考となることが多くあったと思います。

当日の様子を撮影した写真と、子どもたちの感想を紹介します。

 

寒い日でしたが、興味津々に話を聞いていました。

様々な電気製品が、どれくらいの電力を使うのか、数字で見ながら確かめさせてもらいます。

窓が低い位置と高い位置にあって、換気に適しています。

屋根にはソーラーパネルがあります。

ストーブの燃料は、木のペレットを使用。

窓は二重になっていて、枠は木製です。

暖かい部屋の中にあるロフトに上がりました。

寝っ転がるにはちょうどよい広さでした。

家の模型。左右対称の壁や窓は、条件が違います。

熱が逃げていると、触った時に温かく感じます。

 
 

  

えねこやの皆さんは、いろいろなところに出張して授業を行っています。

教室に戻って、学校でできること、家でできることなどを考えました。

 

▢とっても色々なくふうがしてあって、すごいと思った。とくに心に残ったのは、太陽光パネルを使って電気をためて、さいがいの時電気を使うっていう考えがすごいと思った。
▢部屋に入ったら、すごくあたたかくて、すごくびっくりしました。一番びっくりしたことは、まどが二重になっていることと、まどのわくが木だったことです。
▢私はとくに二重まどと、ふつうのまどで、こんなに温度がちがうなんてびっくりしました!
▢しょうらい自分が家をたてるときに、えねこやのような家をたてたいなと思った。
▢外はさむいのに、中はあったかいからびっくりした。少しでも電気を作るなら、水をながしたあと水が発電みたいにすれば、もっと電気が出せるかも?
▢外にカーテンをつけるとか、太陽光パネルをつけるなど、一つ一つのくふうがとてもすばらしかった。えねこや第1号に行ってみたい。
▢部屋の中があったかくて、えねこやにすんでみたいと思った。たのしかった。
▢私がいいと思ったのは、材料が自然に返せるところです。それに、かべやまどのわくも木でできているから、自然にもやさしいし、おしゃれなので、一石二鳥だと思います。
▢えねこやは、つねに電気をつかわないようにしてた。まどを二重にして、室温をたもつのもすごかった。あと、ドライヤーがあんなに電気をつかうとは思わなかった。
▢一番おどろいたのは、ななめにまどがあって、あついときにかんきがしやすくなってて、びっくりしました。
▢おどろいたことは、太陽の力を使って、あんなに部屋があたたかくできるということと、まどにまくをつけたり、フチを木材にするだけで、熱をカーテンの4ばい逃がさない、というのです。楽しかった。
▢えねこやの家は720Wはつでんでき、家の中はきょうしつよりあたたかくて、ずっといたくなった。
▢一番おどろいたのは、ドライヤーです。つめたい風だと140Wなのに、あたたかい風は1200Wだったことでした。
▢とくにすごいと思ったのは太よう光パネルで、電気がつくから、電気のはこぶ時のむだもないし、さいがいで電気をくばれるのがすごいと思った。
▢えねこやの室内を見せてもらったり、遠くから見て、どのようなとくちょうがあるかをおしえてもらった。ドライヤーの一番つよいやつは、1600Wもつかうことがわかった。LEDは7W、白熱電球は60W。こんなにちがった。
えねこやの中が、すごくあたたかかった。せん風機は電気をぜんぜん使わないのに、ドライヤーはめちゃくちゃ電気を使っていた。どうしてだろう。
ぼくもCOを出さない生活をしたい。COをあまり出していない人たちの島がしずんでしまうのは、かわいそう。冬休みにやったことを続けて、少しでもCOを減らしていきたい。
▢ストーブにまきではなく、木せいペレットをつかっていることに、とてもびっくりしました。
二重、三重まどでへやがあったかくなるんだったら、私の家も二重、三重にしたいとおもった。
▢一番心に残ったのは、(家の)中に入ったことです。中はとてもあったかくて、コートなしでもあついくらいだった。教室の中の方がさむくて、教室のまども二重にすればいい。
▢一番好きだったところは、部屋だとロフトです。あそこはまどからのながめがきれいだったり、あそこにベットをひくとねれるかもしれない。そういうじっさいにすめるようなところが、きにいりました。私はおはなしをきいて、しょうエネが大事だと思いました。このままの生活をつづけると、地球に人間が住めなくなる。だから、しょうエネがいいと思いました。
▢えねこやでは、奥多摩のすぎの木をつかっていえをたてるといっていました。なぜかと言うと、COをださない方がいいので、できるだけ近いばしょの木をとるためです。それを地産地消といいます。
▢えねこやの木は、スギの木をつかっていて、ペンキはしぶがきをつかっていて、十年ぐらい木がもつんだって!!おくたまさんのスギなんだって!!
▢えねこやは、すぐ家に電気を運ぶので、本当に電気がむだになることもないから、「すごいなぁ」と思いました。小屋の中に入ってみると温かくて、エアコンなども使わなくても温かい(夏はすずしい)というのもおどろきでした。あと、自分もこんな家がほしいなと思いました。

「地球市民の時間」の取り組み [Ⅱ‐455]

 2026年度、初等部の全体研究として、「地球市民の時間」の取り組みをすすめてきました。3学期、高学年では、1月の半日研(授業や活動を通して、子どもたちの姿より、教職員が学び合う研究会)において、「難民」という社会課題を、読書、対話、五感を通した体験によって、子どもたちの日常と地続きのものとして捉え直そうとする「地球市民の時間」の実践を学びました。

 図書の時間に『故郷の味は海をこえて 「難民」として日本に生きる』(安田菜津紀著・写真、認定NPO法人難民支援協会協力、ポプラ社、2019年)を読み、章ごとに学び合い、当事者との出会いや「故郷の味」を味わう活動を重ね、子どもたちは問いを持ち続けてきました。その様子から、「想像力を働かせ、同じ人間としての尊厳や不条理に気づき、迷いながら考え続ける姿勢」が育まれていると捉えました。

    1月、半日研の様子から

 SDGsの目標16は、「平和と公平をすべての人に」です。それは、「暴力や不平等を減少させ、法の支配を強化し、透明性の高い制度を確立することを目指し」ます。「難民」問題もその一つです。紛争や戦争で故郷を追われた人々の支援が求められています。国際協力が重要で、平和と公正を実現するための努力を続けています。そうした現実と課題、取り組みの目標などを、私たちは知り、考え続けていくことが大切です。

 3月に入って、6年生の授業(図書・「地球市民の時間」・総合)を見学し学びました。この日は、『故郷の味は海をこえて』に出てくるタンスエさん、タンタンジャインさん(本の表紙写真)、認定NPO法人 難民支援協会の方が講師としていらしてくださいました。思い出のつまった故郷の料理を子どもたちに伝えてくださり、いっしょにつくり、味わいました。そして、これまでの「道のり」を話してくださいました。

 私も『故郷の味は海をこえて』を読みました。そして、タンスエさんやタンタンジャインさんが、ミャンマーから日本に来たこと、日本で生活していることなどを知り、「難民」の問題も考えてきました。この日、お料理を教えていただいて、つくり味わい、直接お話をさせていただいて、故郷の味、故郷での出来事、そして日本でのことを直接伺うことができて心がとてもふるえました。

 「お茶の葉サラダ」

 初めていただきました。お茶の葉っぱをお漬物にし、豆の揚げ物やエビなどとまぜた美味しいものでした。「お茶の葉サラダ」は、ミャンマーの代表的な料理の1つだそうです。私は、ご飯にいろいろなものをのせ、かけていただくことが好きですが、お茶の葉サラダの味、豆などの触感がよく、「お茶の葉サラダ」はたいへん美味しいものでした。

 「自由」

 自由ということについて、とても考えさせられました。タンスエさんが、ミャンマーを出ることになったのは、自由の国をつくりたいと願って声をあげ行動をしたものの、それを社会が許さず、命の危険があったこと。そして、ミャンマーに居ることができず、日本にやってきたこと。その後、タンタンジャインさんが日本にきたこと。その後、30年間、家族と会い、話すことができなかったことなどを語られたのでした。

 「「難民」認定」

 難民認定については、この本や別の本(たとえば、卒業生 平野雄吾さん著『ルポ入管ー絶望の外国人収容施設』ちくま新書。第三章「揺れる難民認定制度」など)から学んできました。タンスエさんらが「『難民』として安心して日本で暮らす」ことができるには、たいへんな「道のり」がありました。日本に来てから8年近くの歳月がたっていました。

 2024年、申請者数12,373人に対して、認定数は190人と少ない(認定率が低い)ことが課題となっています。世界や日本の現実と課題から、紛争や戦争で故郷を追われた人々の支援が求められています。国際協力が重要で、平和と公正を実現するための努力を続けていくことが大切です。SDGsの目標16「平和と公平をすべての人に」を実現していきたいです。

 タンスエさんのことばより。「自由であることがどれほど大切か、少しでも想像してほしいのです。生まれた場所を理由もなく離れたがる人はいません。誰も難民になることなんて望んでいません。そんな人びとがたとえどこに逃れたとしても人間らしくいられる場所を、そして制度を作ってほしいんです。」

 本を書かれた安田さんより。「取材を通して出会った方がたは、思い出がいっぱいつまった「故郷の味」を私にあたたかく分けてくれました。おいしい料理を囲んで、なにげない会話に笑い合うひとときは、誰にとってもかけがえのないものです。だからこそ私も違う国から逃れてきた「難民」の方がたと、自然と言葉や文化の違いをこえて、同じひとときをすごすことができました。どうかみなさんの身近でも、そんな輪を広げてみてください。」