投稿者: tohoblog
桐朋学園小との交流会
先日、国立にある桐朋学園小学校に招かれて、スポーツやゲームを通して交流の時間をもちました。
会場にはいくつもの種目があり、ウィンクキラーやカードゲーム、爆弾ゲームやいすとりゲーム、そしてフルーツバスケット、鬼ごっこ、ドッヂボール、バスケットボールなど、自分の好きな遊びを選んで自由に参加することができました。
遊びのあとは、おいしいチョコチップメロンパンとジュースをいただき、ほっとひと息。
さらに圧巻だったのは、桐朋小の三人によるお笑いステージ!会場全体がどっかんどっかん笑いに包まれるほどの大盛り上がりでした。三人の思い切りのよさと勇気に、みんなで思わず拍手。学園小一番大きい子と桐朋小で一番大きい子の腕相撲など、交流もできました。

この日、新しい友だちができた人もたくさんいたようです。中学校でまた出会い、つながっていく仲間たち。この先の広がりが、とても楽しみです。
<子どもたちのふりかえり>
「学園生の子たちはみんなすぐに仲よくしてくれて、友だちができるか心配だったけれど、すぐに心配がふきとんだ。最後にみんなの前で話す時はすごくドキドキしたけど、たくさんの拍手の音がしてすごく安心してうれしかった。また会いたい!」
「フルーツバスケット、いす取りゲーム、ばくだんゲーム、たのしかったです。学園小の子はすごく背が高くてびっくりしました。校しゃもきれいで、とてもいいなと思いました。」
「すごくやさしくて同い年とは思えないくらいだった。みんなであだ名をつけ合ったり、○○ちゃんのチームとウィンクキラーをやったりしてすごくたのしかった。中学で会う約束もできた。会えたらいいな」
「最初のボールを回す爆弾ゲームで二人と友だちになれました。しかも同じドッジボールチームでもっと仲が深まってたのしかった。最後のおやつでいろいろ話をして、本当に良いこうかん会でした」
「学園小でやったお笑いは、5日という短い時間で作り上げました。三人でたくさん練習しました。最後にみんなのわらい声が聞こえてきて、大せいこうで終わってよかったです」

広がる、科学の世界
桐朋小学校では、身近な自然や現象、科学のことを様々な場面で学んでいます。
今回は、理科の授業を中心に子どもたちの様子をご紹介します!
【メダカが生まれる瞬間に出会う】
5年生の『メダカの誕生』では、一人ひとつのメダカの卵をもらい、孵化して稚魚になるまでをじっくり観察します。
とある授業中、「今おれのメダカが生まれた!!」と感動的な場面にも立ち会いました。

光学顕微鏡(40~400倍)で見ると、メダカの心臓が動いて血液が流れているところまで見ることができます。
小さな命が”生きている”ことを実感する、大切な学びとなっています。
【金属の特性を知る】
4年生では、『金属』の単元で、身近にある金属を金づちでたたいたり、やすりで磨く実験をしながら、特性を知っていきます。
放課後も無我夢中で金属を磨く子どもたち。
すると、「きたきたきたー!」
磨いていくと、鏡のように光を反射するようになっていきます。本来の金属の色に出会い、光輝かせる。
まさに子どもたちが、金属の実験を”極めていく”のです。

【カブトムシが成虫に】
幼虫をいただいて、大事に育ててきたカブトムシがたくさん羽化しました!
廊下に展示して、たくさんの子どもたちが夏の訪れを感じています。
命をつないで、来年も卵から成長する様子が見られますように…。

【最後に…】
子どもたちは、科学の世界が大好きです。
「もっと知りたい」「試してみたい」「なぜだろう」…一人ひとりの気持ちを大切に学びを広げていきます。
学ぶことはやっぱり楽しい。
あじさいがいっぱい
夏が来たかと思えば、梅雨がやっぱり戻ってきて体調管理にも気を使う毎日です。
暑すぎても、蒸しても、うんざりします。
そんな時に気持ちを引き立ててくれるのは、色とりどりの紫陽花です!

この写真を撮った日は、おひさまが強すぎて少し暑そうな様子でしたが、校舎の中のお花はとっても活き活きしています!
美術の時間に3年生が描いた紫陽花

幼稚園のお部屋でみつけた、かわいらしいカタツムリ

染紙がつるしてあって、これもお花のようでした

体調管理に気を使う毎日ですが、良く寝て、よく食べて、元気に夏本番を迎えましょう。
「自分たちの手で学校をつくっていこう!」
桐朋小学校は子どもたち一人ひとりが主人公となり、自分たちの手でつくっていく学校です。
そのために、毎年、学校の目標や、「こんなことをしてみたい!」などのことを5、6年生の委員会が中心となって、全校の子どもたちで話し合っています。
1学期が始まってしばらくすると、1年生から6年生すべてのクラスで話し合いをし、「みんなの声のはっぱ」を作ります。
話し合うテーマは3つ。
・こんな学校にしたい!(オレンジのはっぱ)
・こんな遊びをやってみたいなあ(緑のはっぱ)
・「遊びのきまり」について考えたいこと、言いたいこと(黄色のはっぱ)
クラスで様々な意見を出し合い議論しながら、「クラスの意見」としてまとめていき、3枚のはっぱを完成させます。小さい学年の人も、やってみたいことはたくさん。要望として上の学年の人たちに伝える機会になり、実際に実現していくこともたくさんあります。
各クラスから集まってきたはっぱは、内容ごとに委員長会議で各委員会に振り分けられ、話し合われていきます。

そして先週、「前期子ども集会」が行われました。集会では、代表委員会がはっぱをもとに作った「桐朋小学校の今年の目標」や、各委員会の活動目標、はっぱをもとに話し合われたことが発表されました。
今年の目標は、この2つ。
・学びと遊び、どちらも大切に、みんなが学びたいことを学べて、やりたい遊びができる学校
・温かい雰囲気で、困ったことやいやなことがあっても、解決できる学校
議長をしていた代表委員からは、「みんなで一緒に学校をつくっていきましょう!」という力強い言葉も。
この目標を達成できるよう、5、6年生にはリーダーシップを発揮してもらい、全校のみんなで桐朋小学校をつくっていってほしいです。

「おばあちゃんの歌」、『核兵器と戦争のない世界をめざす高校生』、東京大空襲の証言に学ぶ [Ⅱ‐429]
1、城間 一歩輝(いぶき)さんの「おばあちゃんの歌」を読む
沖縄全戦没者追悼式で、城間さんが「おばあちゃんの歌」を読みました。何度も読み返しました。
「おばあちゃんの歌」 豊見城市立伊良波小6年・城間一歩輝
毎年、ぼくと弟は慰霊の日に/おばあちゃんの家に行って/仏壇に手を合わせウートートーをする
一年に一度だけ/おばあちゃんが歌う/「空しゅう警報聞こえてきたら/今はぼくたち小さいから/大人の言うことよく聞いて/あわてないで さわがないで 落ち着いて/入って いましょう防空壕(ごう)」/五歳の時に習ったのに/八十年後の今でも覚えている/ 笑顔で歌っているから/楽しい歌だと思っていた/ぼくは五歳の時に習った歌なんて覚えていない/ビデオの中のぼくはあんなに楽しそうに踊りながら歌っているのに
一年に一度だけ/おばあちゃんが歌う/「うんじゅん わんにん 艦砲ぬ くぇーぬくさー」/泣きながら歌っているから悲しい歌だと分かっていた/歌った後に/「あの戦の時に死んでおけば良かった」/と言うからぼくも泣きたくなった/沖縄戦の激しい艦砲射撃でケガをして生き残った人のことを/「艦砲射撃の食べ残し」/と言うことを知って悲しくなった/おばあちゃんの家族は/戦争が終わっていることも知らず/防空壕に隠れていた/戦車に乗ったアメリカ兵に「デテコイ」と言われたが/戦車でひき殺されると思い出て行かなかった/手榴弾を壕の中に投げられ/おばあちゃんは左の太ももに大けがをした/うじがわいて何度も皮がはがれるから/アメリカ軍の病院で/けがをしていない右の太ももの皮をはいで/皮ふ移植をして何とか助かった/でも、大きな傷あとが残った/傷のことを誰にも言えず/先生に叱られても/傷が見える体育着に着替えることが出来ず/学生時代は苦しんでいた
五歳のおばあちゃんが防空壕での歌を歌い/「艦砲射撃の食べ残し」と言われても/生きてくれて本当に良かったと思った/おばあちゃんに/生きていてくれて本当にありがとうと伝えると/両手でぼくのほっぺをさわって/「生き延びたくとぅ ぬちぬ ちるがたん」/生き延びたから 命がつながったんだね/とおばあちゃんが言った
八十年前の戦争で/おばあちゃんは心と体に大きな傷を負った/その傷は何十年経っても消えない/人の命を奪い苦しめる戦争を二度と起こさないように/おばあちゃんから聞いた戦争の話を伝え続けていく/おばあちゃんが繫いでくれた命を大切にして/一生懸命に生きていく
2、『核兵器と戦争のない世界をめざす高校生』に学ぶ
『核兵器と戦争のない世界をめざす高校生たち 平和集会・平和ゼミナールの50年』を読みました。本書には、高校生平和ゼミナール(以下、高校生平和ゼミ)の活動として、「被爆者の体験を聞き、その継承につとめること」、「学び、調べ、表現する」、「地域を掘り起こす」などの取り組みが書かれています。
たとえば、2001年9月テロ事件、その後の報復戦争、日本の自衛隊派遣について、高校生平和ゼミでは国際法と国連憲章の学習や憲法9条の学習を行い、報復戦争の即時中止をアメリカ大統領に申し入れてほしいと訴える署名運動を行いました。「日本政府は憲法第9条を生かし、戦争とテロをなくすために行動」を求め、「イラク攻撃反対全国高校生平和集会」(1250人の参加)を開催し、声をあげました。
2020年2月、ロシアのウクライナ侵攻に対しては、「軍事侵攻と核兵器使用の威嚇に抗議し、ただちに平和的解決がされるよう世界各国が最大の努力をすることを求めます」との抗議声明を出し、3月抗議文をロシア大使館に渡します。それ以降も学び、「プーチン大統領、すぐに戦争をやめてください!」緊急署名に取り組みます。ロシア大使館近くで抗議集会を行いました。
2023年には、イスラエルに対する抗議行動、イスラエル大使館に抗議文を届けました。ガザにもウクライナにも平和を! 高校生たちは声をあげています。

全国高校生平和集会は、51年間続いています。2024年3月(ビキニ事件から70年)、全国高校生平和集会in焼津2024集会アピールでは、平和のために学習と行動を呼びかけました。それは、
1.被爆者や戦争体験者のお話を聞き、沖縄の現実を学び、「自分事」としてとらえ、核兵器と戦争のない世界をつくるために、私には何ができるか考え、行動をしましょう。
2.「日本政府は核兵器禁止条約に署名・批准を」高校生署名に取り組み、政府に届けましょう。
3.ウクライナやガザなど世界の紛争をやめさせ、平和な世界をつくるために、いっしょに声をあげましょう。
でした。
本書の中で、高校生平和ゼミ世話人 沖村民雄さん(元桐朋中学、桐朋高校教員)は、「高校生たちは、いじめや不登校などに傷つき、受験競争に翻弄されながら、戦争体験者の証言や沖縄の現実にふれ、学校生活や将来のことについて語り合いながら、生きることの意味、学ぶことの意味を問いつづけてきた。(中略)高校生の活動を支えてきたのは『自分たちにも平和のためにできることがある』という思い、確信である。」と述べていました。
これからも、高校生が「学び、調べ、表現する」ことで自己を成長させ、仲間と連帯し、主権者として育つ姿に学びたいと思います。
3、東京大空襲の証言に学ぶ
6月21日(土)、土曜参観を行いました。6年生は、保護者の方と一緒に「東京大空襲」の証言を聞きました。話してくださったのは、竹内静代さん(当時14歳)、元木キサ子さん(当時10歳)、二瓶治代さん(当時8歳)でした。竹内さん、元木さん、二瓶さん、ありがとうございました。
3名の方から、学校としてこのような取り組みを続けていることをこれからも大切にしていってほしいと励まされました。
6月21日、土曜参観より
以下、コラム394「戦争の惨禍」再録
現在、世界では戦争があり、止めることができず、命が奪われ、傷ついています。
戦争について学び、平和を実現したいと強く願います。
(略)
竹内さんは、『あのとき子どもだった―東京大空襲21人の記録』(東京大空襲・戦災資料センター編、績文堂出版、2019年)に、「「明日」は「未来」であり「希望」です。ここまで歩いてきた73年の道。紆余曲折はあったけれど、とにかく戦争をしないで歩いてきた道です。平和な73年の道程です」と書いています。戦争はしない、世界の平和を実現したいと、竹内さんの「希望」に自分の気持ちを重ねます。

東京大空襲
1945年3月10日午前0時すぎ、東京大空襲がありました。
『あのとき子どもだった―東京大空襲21人の記録』には、
「約300機のB29が東京上空にあらわれ、大規模な空襲を行いました。(略)この空襲は、夜間に、それまでより低い高度(1600~2200m)から大量の焼夷弾をばらまき、人口の密集した住宅地を焼き払うことを目的としていました。」
「3月10日の空襲では、このM69焼夷弾が1538トン、約32万発も投下されました。爆撃していた時間から計算すると、1秒間に30発以上のM69焼夷弾が落ちてきたことになります。この焼夷弾が直撃して亡くなった人もいます。」
「焼夷弾が落とされた時間はわずか2時間半ほどでしたが、それによって発生した火災は、明け方になって、もう燃えるものがなくなってようやく静まりました。この日の死者は約10万人といわれています。家や財産を焼かれた被害者(罹災者)は100万人に達しました。」
「30代くらいまでの男性の多くは軍隊に行っていたので、空襲で被害をうけ犠牲となったのは、女性・子ども・高齢者など、国内(銃後)に残っていた、戦う力をもたない民間人が中心でした。なかには、それまで疎開していたのに、卒業や進学のために東京に帰ってきて命を落とした子どももいました。また、東京で暮らしていた、あるいは働かされていた朝鮮人たちも被害を受けました。4万人余りが被災したと言われていますが、犠牲者の数など、くわしいことはわかっていません。」。
などと書かれ、たくさんの命が奪われました。
3名の方の証言から
竹内静代さん(前掲書に竹内さんが書かれており、参照させていただきました。)は、自身の「子ども時代」の話をしてくださいました。1年生の時の進軍歌、4年生の時の「皇紀2600年の奉祝歌」のお話、「一系の天子」「大内山松の緑」「肇国の大精神」など国史の授業で習ったことばの書初め、修身の時間は声を張り上げて教育勅語を暗唱したそうです。ラジオから鳴り響く軍艦行進曲、軍歌など、アナウンサーは<鬼畜米英><進め一億火の玉だ><国民精神総動員>などと勇ましいことばを発したそうです。
学校、社会が戦争に突き進む日常があったことを知り、その恐ろしさを感じました。
「明日も学校へ行ける。明日も先生や友だちに会える。明日が確実にやってくる。昨日から今日、今日から明日へと普通につづく生活は当たり前だけれど、その当たり前がとても貴重だと思うのです。」(前掲書)と書かれ、「当たり前」を大切にしていきたいと思います。
元木キサ子さんの証言は、本コラム[Ⅱー372](2023年11月)で紹介させていただきました。元木さんは、本校の元保護者で、『私の戦中記 子どもに語る母の歴史』(桐朋学園初等部PTA編集部編、1973年)に「空襲」をお書きになりました。元木さんに許可をとって、全文を掲載させていただきました。
二瓶治代さん(前掲書に二瓶さんが書かれており、引用させていただきました。)は、「仲良しの昌夫ちゃんの死、昌夫ちゃんのお母さん、学童疎開から帰ってきたばかりの昌夫ちゃんのお兄さん、妹、おばあちゃんも亡くなりました。防空壕を出ようとした二瓶さんに「ここにいなさい」と云ってくれたお隣のおばさんご一家も、友だちの久代ちゃんもみんな死んでいました。前の日の夕方まで学校ゴッコや戦争ゴッコなどをして遊んでいた、大切な大切な友達でした。「じゃあ、またあしたネ」と云って別れた友達でした。やさしかった近所のおじさんや、おばさんもどこかに消えてしまいました。/こうしてこの日は私のすぐそばで大勢の人が死んでゆきました。」と述べています。かけがえのない日常が一晩でなくなってしまった悲しみや辛さ、その思いをずっと持ち続けていることを考えます。

日本も戦争で、他国へ空襲を行い、命を奪いました。今回読んだ『東京大空襲を忘れない』(瀧井宏臣著、講談社、2015年)には、「1938年2月から44年12月にかけて、中国の臨時政府がおかれていた重慶とその周辺を爆撃し、200回以上の空襲で2万人以上を虐殺したのです」などと書かれています。これからも調べて、理解していきたいと思います。
仙川オリジナル地図をつくっています
3年生の社会では、桐朋小学校のある「仙川」のまちを探検し、オリジナルの地図を作成します。桐朋小に入学し、仙川のまちに通うようになって3年目。しかし、いくら毎日通っていると言っても仙川に住んでいないと、知らない場所もたくさん、、、子どもたちは探検のなかで新しい景色や特徴的な地形について学んでいきました。

探検を終えた子どもたちは早速オリジナルの地図づくりに取り組みます。下書きで場所を確認した後、班ごとに絵や写真、一言メモなどをつけながら作成していきます。仙川のまちの学習は、これから様々な学習に繋がっていきます。身近なところから広い範囲へと少しづつ学習を広げていけるように、楽しんで学んでいこう。

田んぼを作ろう
5年生は総合の学習で「米づくり」を行います。
これまでにも様々な野菜を育ててきました。去年の1学期にはじゃがいもを育て、カレーやいももちに、3学期にはいろいろな冬野菜を育て、鍋やお味噌汁にして食べました。
自分たちで野菜を育てることの大変さも、育てた野菜のおいしさもすでに知っている子どもたち。今年は米づくりに挑戦です。
米づくりにはまず、よい田んぼを作る必要があります。土をしっかり耕して柔らかくすることがとても重要です。シャベルで土を耕していると、ミミズがたくさん出てきました。いい土の証拠!歴代の5年生たちが大事に使ってきたことがわかります。

みんなで一生懸命耕して、土がふかふかになったところで水を入れます。
今月の終わりには、昨年も来てくださった農家の相田さんをお招きして、田植えについてのお話を伺いながら、一緒に田植えをする予定です。

今しかできないあそび
放課後、しぜんひろばに行くと、
「みてみて、なにか 落ちている!」
と子どもたち。見つけて来たのは、ちいさな ちいさな黄緑色の『木の実』とその『へた』でした。よく、みてみると、それは柿の実のあかちゃんでした。実は、まだまだ2年生の親指の先よりも小さいのに、へたはもう立派に大きくて、まるで、柿の実が大きな帽子をかぶっているようでした。
1年生のとき『びゅんびゅんごまが まわったら』という絵本を読みました。その中に柿の実でネックレスをつくって、ちょっぴり?頑固な校長先生にプレゼントする場面があったことを思い出しました。針と糸を用意すると、しぜんひろばにいた子たちは丁寧に、柿の実を糸でつないでいきました。柿の実のへたが連なってあっという間に長くなり、きれいなかざりのできあがりです。「何しているの?」「私もやりたい!」つぎつぎと仲間が増えていきます。みんな、もくもくと糸を通します。「集中して!」なんて、ひとことも言わなくたって、みんな夢中になっていました。
柿の実のあかちゃんが、たくさんたくさん落ちてくるのは、今この季節だけです。地球からのおくりもので、今しかできない遊びに夢中になり、没頭できる幸せな時間を味わいました。

おいしい梅ジュースになあれ!
桐朋小学校には、食べられる実のなる木がたくさんあります。
今の時期は梅、夏の初めにはびわ、秋には柿、春先には夏みかんがたくさんの実をつけます。獲れた実は、しぜんひろば委員の子どもたちが各クラスに配りに来てくれ、その実でジャムを作って食べるクラスもあります。
先日、1年生の教室を訪れると、黒板には「うめじゅーすをつくろう」の文字が。なんとこれからしぜんひろばに梅の実を拾いに行こうとしているところでした。自分たちで拾った実でジュースを作る、なんてワクワクする活動でしょう!
早速しぜんひろばへ。子どもたちは必死に探し回ります。
「あったよ!」「どんなの見つけた?見せて!」「ひとつもなかった~」

梅を拾ったら教室へ。次はいよいよジュースづくりの準備です。
つまようじを使って梅のヘタをとり、きれいに洗って水分をしっかり拭き取ります。


大きなびんに梅と氷砂糖を交互に入れたら準備完了!これからは毎日びんを振ってお世話します。
頑張りましたの氷砂糖を1粒ずつもらって笑顔のみんな。完成が楽しみです!
手拍子で応援!~中高生の体育祭~
5月の終わり、桐朋女子中高の体育祭が、すばらしいお天気のもと開催されました。

高らかに響く音楽班の生演奏にあわせて、高校3年生の赤チームから順に、青、白、紫、緑、黄、と各色の旗を掲げて入場してくるお姉さんたちに、小学生も教員たちも心から拍手を送りました。
黄色のみなさんは、3月まで6年生として小学校で一緒に過ごしていた仲間ですから、「あ、〇〇さんだ!」「〇ちゃんも居た!」と、小学生たちも目を輝かせて手を大きく振っていました。
ところで、この入場曲はなんだっけ?と少し考えていたら、
「あ!ラデツキーマーチだ!」と思い出しました。
ウィーンフィルのニューイヤーコンサートで必ず最後に演奏される、ヨハンシュトラウス1世の名曲です。
そこで、この日の5年生の音楽の授業では、お姉さんたちへの応援の気持ちをこめて2023年度のコンサートのDVDを観て、手拍子で盛り上がりました。

「みんな(5年生の女子)は、中学生になったら何色になるのかな?」と呟いたら、
すかさず「青だよ!」の声が。みんなよくわかっているようです。
2年後はここにいる人たちが青いハチマキで入場してくるのだなあと、少し不思議な気分になった一コマでした。

優勝は高校3年生の赤チーム。応援交歓の表現も「さすが」の一言。
桐朋女子のパワーをひしひしと感じた一日でした。
お姉さんたち、かっこいい!!