「車椅子インフルエンサー」中嶋さん [Ⅱ‐456] 

1、3月、「車椅子インフルエンサー」の中嶋涼子さん(卒業生)に6年生の授業をしていただきました。

 毎年、中嶋さんに授業をお願いしています。私たちは中嶋さんと出あい、いろいろなことを感じ、学ばせてもらっています。

 中嶋さんは、小学校3年生の時に、原因不明で下半身が動かなくなり、車椅子の生活を送ることになりました。1年以上の入院を経て桐朋小に戻ってきた際、友だちはこれまでと変わらずに接してくれたと話しました。しかし、車椅子での生活、周囲の目、自身の障がい者観などから、学校以外では「ひきこもる」ようになったそうです。それを変えたのが、映画「タイタニック」との出あいでした。映画の内容、主演のデカプリオ氏に憧れ、計11回もこの映画を観たそうです。

 その後、高校を卒業し、アメリカに留学をしました。Can I help you? などと声をかけてくれるたくさんの人、仲間や教員らのさまざまな年齢、人種、皮膚の色、言語、…多様な人たちとの出あい、日本と異なる施設や環境などから、心と社会のバリアフリーを感じられたそうです。帰国し、念願の映画会社に就職。ところが、日本での生きづらさを感じます。そして、会社をやめ、「日本も心と社会のバリアフリーがもっと広がるように」願い、車椅子インフルエンサーとして活動をすすめています。

 中嶋さんのアメリカでの話を聞きながら、世界人権宣言の「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」(第1条)と述べていることの実現をすすめたいと考えました。

2、中嶋さんの話を聞いた6年生の感想を少し紹介させていただきます。

 「アメリカに留学した時のお話が一番心に残りました。日本はスロープやだれでもトイレ、車椅子用のスペースがあるので、かなりバリアフリーが進んでいると思っていました。けれど、車椅子じゃない人用の施設の方がずっと多いし、車椅子じゃない人用の施設を基準で考えると、かなり少ないことを気づかされ、車椅子スーザーの人からの視点で考えることが私に不足していたと思うと情けないです。日本に比べアメリカはお話を聞いた後、『一人ひとりが違うのが当たり前』という考えが強いのだと思いました。」

 「僕は、車椅子とは、あんまりできることが少ないのかなと思っていたけれど、今回のお話を聞いて、それは間違っていることを知りました。日本よりアメリカの方が障害をもっている人は生活しやすいのかなと思いました。車椅子でもできることが多く、そのことをみんなに発信していてすごいなと思います。このことは中嶋さんにしかできないことだと思います。そして、中嶋さんのおかげで、勇気づけられた方はいっぱいいると思います! 僕も大人になったらそういうことを全国・全世界に伝えられたらなと思います。」

 「自分の中の『当たり前』が変わった気がします。様々な困難をへて、車椅子インフルエンサーとして活動している中嶋さんは、とても輝いて見えました! 『タイタニック』によって励まされたこと、ハワイ旅行で『当たり前』に暮らすことができて勇気づけられ、心のバリアフリーに気付いたこと、それでも日本では不便が多かったことは、全て中嶋さんにしか感じられない事なんだと思います。私もいつか、中嶋さんのように、障害をかかえて引きこもっている人や、不安をかかえている人に希望をあたえる人になりたいです。」

 中嶋さんとの出あいから、自分のこと、周りのこと、社会のことに目を向け、考えたという感想がたくさんありました。6年生の人たちの感度の良さ、心の柔らかさなど、羨ましく思いました。

3、中嶋さんとともに過ごした仲間の声を紹介させていただきます。

 (前略)「バリアフルレストラン」という取り組みのスタッフ役で参加していた一人に、小中高校の同級生がいました。彼女の存在は、あるいは彼女とともに教育を受けた環境は、その後の私のものの見方に大きく影響してきました。

 彼女は私たちが小学3年生だった1月、突然歩けなくなり、以来、車いすを利用しています。同級生といっても、小学校の6年間は一度も同じクラスになったことがなく、お互い顔を知っている程度。当時の私は、彼女の仲良しの友人たちが慣れた様子で車椅子を押したりじゃれたりしているのを、遠目で見ていただけでした。

 それでも、同級生が突然、原因不明で歩けなくなったという出来事は、もしかしたら大人が思う以上に、当時子どもだった私にとって、決して人ごとではありませんでした。自分にも起こることかもしれない、という思いがどこかにずっとあるように思います。

 それから少しずつ、私の通っていった学校には変化が起きました。昇降口にスロープができ、階段に昇降機がつき、多目的トイレができました。昇降機がない階段は、周りの大人たちが軽々と運ぶのが日常でした。5、6年生の教室は3階にありましたが、私たちの学年は卒業まで2階の教室を使い、中学校にはエレベーターができました。誰も特別なことだとは思っていなかったように思います。やればできるということを、今から思えば周りの環境のおかげで、私たちは当たり前に学びました。

 いまでこそ「インクルーシブ教育」といわれますが、当時は前例のなかったことだらけだったのだろうと推測します。決して美談ではなく、一同級生にすぎなかった私には見えなかった、様々な困難や問題もあったのだとも思います。

 (中略)親御さんや先生たちをはじめ、周りの大人たちが手探りで、彼女の当たり前の権利を守ったのだと、そして、彼女の同級生――特に親しかったわけでもない、いち隣のクラスの同級生を含めて――にも大きな影響を与えたのだと、いま改めて思います。

4、中嶋さんとともに、授業に参加をされた方の感想を紹介させていただきます。

 「母校での講演を拝見し、中嶋さんという人物がどのような環境の中で育まれてきたのか、その人格の輪郭となる大切な背景を垣間見させていただいたように感じました。」

 「特に印象的だったのは、車いすであることを特別視するのではなく、自然な形で受け入れ、子どもたちが小さな頃から触れ合える環境を大切にされている点でした。/また、学校の中で課題が生じた際に、先生方が迅速に工夫しながら環境を整えていかれたお話にも大変感銘を受けました。」

 「講演の後、中嶋さんが階段の昇降機や入口のスロープ、理科室の机を車いす仕様にしていただいたことや、車いす用のトイレを作っていただいたことなど、 嬉しかった大切な思い出として、ひとつひとつ紹介してくれたことがとても心に残りました。/そのような姿勢が、今の中嶋さんの考え方や行動にもつながっているのだと感じました。」

園庭、校庭にアンズが咲きはじめ、春を感じます

 中嶋さん、中嶋さんとつながる皆さん、たくさんのことを教えてくださり、たいへんありがとうございました。これからもたくさん学びたいと思いますので、よろしくお願いします。

6年生を送る会

先週、6年生を送る会を行いました。

第1部では、全学年が体育館に集まり、学年ごとにお祝いの表現をします。

 

1年生は歌を歌い、3年生は6年生にまつわるクイズ、4年生はリコーダーの演奏と思い出の発表、そしてパートナーとしてたくさんお世話になった2年生はお手紙のプレゼントを渡しました。どれもとても素敵な発表で、特にパートナーからの手紙を大事そうに読む6年生の姿が印象的でした。

 

 

6年生からは、全体での歌や、何人かによる6年間の思い出の発表がありました。その人らしい思い出や言葉、そして6年生ならではの表現力。あと少しで卒業なのだということを、下級生たちは感じ取ったことと思います。とてもかっこよかったです。

 

 

第2部は遊びの時間。委員会の5年生がそれぞれ遊びを企画し、全校の子どもたちを楽しませます。6年生を送る会なので、「6年生とのふれあい」も大事なポイント。「6年生と一緒に来たらいいことがあるよ!」というように、各委員会、様々な工夫をしていました。

 

 

どの委員会も大盛況!6年生の力を借りずに自分たちだけで企画運営を行った5年生。てんてこまいになりながらも、生き生きと活動する姿が素敵でした。「6年生ありがとう」という気持ちと、「次は自分たちが先頭に立って、桐朋小学校をつくっていくのだ」と気持ちを新たにする、そんな時間になったことでしょう。

卒業式まであと1週間。改めて、6年生に感謝の気持ちを伝えたり、話をしたりする時間にしてほしいと思います。

 

 

えねこやの出張授業

1月末に、えねこや(※)の方々に来校いただき、暮らす上での環境に優しい様々な工夫について学ばせていただきました。
※一般社団法人えねこや
「えねこや」は、自然の力でつくったエネルギーだけで、心地よく過ごせる小さな建築のこと(エネルギーの小屋)。
詳しくは、こちらを参照ください。 https://enekoya.com/

子どもたち自身が身近に考えることができる視点を元に、5つのコーナーに分かれて話を聞きました。話を聞いた子どもたち一人一人が、今出来ることを考える上で、参考となることが多くあったと思います。

当日の様子を撮影した写真と、子どもたちの感想を紹介します。

 

寒い日でしたが、興味津々に話を聞いていました。

様々な電気製品が、どれくらいの電力を使うのか、数字で見ながら確かめさせてもらいます。

窓が低い位置と高い位置にあって、換気に適しています。

屋根にはソーラーパネルがあります。

ストーブの燃料は、木のペレットを使用。

窓は二重になっていて、枠は木製です。

暖かい部屋の中にあるロフトに上がりました。

寝っ転がるにはちょうどよい広さでした。

家の模型。左右対称の壁や窓は、条件が違います。

熱が逃げていると、触った時に温かく感じます。

 
 

  

えねこやの皆さんは、いろいろなところに出張して授業を行っています。

教室に戻って、学校でできること、家でできることなどを考えました。

 

▢とっても色々なくふうがしてあって、すごいと思った。とくに心に残ったのは、太陽光パネルを使って電気をためて、さいがいの時電気を使うっていう考えがすごいと思った。
▢部屋に入ったら、すごくあたたかくて、すごくびっくりしました。一番びっくりしたことは、まどが二重になっていることと、まどのわくが木だったことです。
▢私はとくに二重まどと、ふつうのまどで、こんなに温度がちがうなんてびっくりしました!
▢しょうらい自分が家をたてるときに、えねこやのような家をたてたいなと思った。
▢外はさむいのに、中はあったかいからびっくりした。少しでも電気を作るなら、水をながしたあと水が発電みたいにすれば、もっと電気が出せるかも?
▢外にカーテンをつけるとか、太陽光パネルをつけるなど、一つ一つのくふうがとてもすばらしかった。えねこや第1号に行ってみたい。
▢部屋の中があったかくて、えねこやにすんでみたいと思った。たのしかった。
▢私がいいと思ったのは、材料が自然に返せるところです。それに、かべやまどのわくも木でできているから、自然にもやさしいし、おしゃれなので、一石二鳥だと思います。
▢えねこやは、つねに電気をつかわないようにしてた。まどを二重にして、室温をたもつのもすごかった。あと、ドライヤーがあんなに電気をつかうとは思わなかった。
▢一番おどろいたのは、ななめにまどがあって、あついときにかんきがしやすくなってて、びっくりしました。
▢おどろいたことは、太陽の力を使って、あんなに部屋があたたかくできるということと、まどにまくをつけたり、フチを木材にするだけで、熱をカーテンの4ばい逃がさない、というのです。楽しかった。
▢えねこやの家は720Wはつでんでき、家の中はきょうしつよりあたたかくて、ずっといたくなった。
▢一番おどろいたのは、ドライヤーです。つめたい風だと140Wなのに、あたたかい風は1200Wだったことでした。
▢とくにすごいと思ったのは太よう光パネルで、電気がつくから、電気のはこぶ時のむだもないし、さいがいで電気をくばれるのがすごいと思った。
▢えねこやの室内を見せてもらったり、遠くから見て、どのようなとくちょうがあるかをおしえてもらった。ドライヤーの一番つよいやつは、1600Wもつかうことがわかった。LEDは7W、白熱電球は60W。こんなにちがった。
えねこやの中が、すごくあたたかかった。せん風機は電気をぜんぜん使わないのに、ドライヤーはめちゃくちゃ電気を使っていた。どうしてだろう。
ぼくもCOを出さない生活をしたい。COをあまり出していない人たちの島がしずんでしまうのは、かわいそう。冬休みにやったことを続けて、少しでもCOを減らしていきたい。
▢ストーブにまきではなく、木せいペレットをつかっていることに、とてもびっくりしました。
二重、三重まどでへやがあったかくなるんだったら、私の家も二重、三重にしたいとおもった。
▢一番心に残ったのは、(家の)中に入ったことです。中はとてもあったかくて、コートなしでもあついくらいだった。教室の中の方がさむくて、教室のまども二重にすればいい。
▢一番好きだったところは、部屋だとロフトです。あそこはまどからのながめがきれいだったり、あそこにベットをひくとねれるかもしれない。そういうじっさいにすめるようなところが、きにいりました。私はおはなしをきいて、しょうエネが大事だと思いました。このままの生活をつづけると、地球に人間が住めなくなる。だから、しょうエネがいいと思いました。
▢えねこやでは、奥多摩のすぎの木をつかっていえをたてるといっていました。なぜかと言うと、COをださない方がいいので、できるだけ近いばしょの木をとるためです。それを地産地消といいます。
▢えねこやの木は、スギの木をつかっていて、ペンキはしぶがきをつかっていて、十年ぐらい木がもつんだって!!おくたまさんのスギなんだって!!
▢えねこやは、すぐ家に電気を運ぶので、本当に電気がむだになることもないから、「すごいなぁ」と思いました。小屋の中に入ってみると温かくて、エアコンなども使わなくても温かい(夏はすずしい)というのもおどろきでした。あと、自分もこんな家がほしいなと思いました。

「地球市民の時間」の取り組み [Ⅱ‐455]

 2026年度、初等部の全体研究として、「地球市民の時間」の取り組みをすすめてきました。3学期、高学年では、1月の半日研(授業や活動を通して、子どもたちの姿より、教職員が学び合う研究会)において、「難民」という社会課題を、読書、対話、五感を通した体験によって、子どもたちの日常と地続きのものとして捉え直そうとする「地球市民の時間」の実践を学びました。

 図書の時間に『故郷の味は海をこえて 「難民」として日本に生きる』(安田菜津紀著・写真、認定NPO法人難民支援協会協力、ポプラ社、2019年)を読み、章ごとに学び合い、当事者との出会いや「故郷の味」を味わう活動を重ね、子どもたちは問いを持ち続けてきました。その様子から、「想像力を働かせ、同じ人間としての尊厳や不条理に気づき、迷いながら考え続ける姿勢」が育まれていると捉えました。

    1月、半日研の様子から

 SDGsの目標16は、「平和と公平をすべての人に」です。それは、「暴力や不平等を減少させ、法の支配を強化し、透明性の高い制度を確立することを目指し」ます。「難民」問題もその一つです。紛争や戦争で故郷を追われた人々の支援が求められています。国際協力が重要で、平和と公正を実現するための努力を続けています。そうした現実と課題、取り組みの目標などを、私たちは知り、考え続けていくことが大切です。

 3月に入って、6年生の授業(図書・「地球市民の時間」・総合)を見学し学びました。この日は、『故郷の味は海をこえて』に出てくるタンスエさん、タンタンジャインさん(本の表紙写真)、認定NPO法人 難民支援協会の方が講師としていらしてくださいました。思い出のつまった故郷の料理を子どもたちに伝えてくださり、いっしょにつくり、味わいました。そして、これまでの「道のり」を話してくださいました。

 私も『故郷の味は海をこえて』を読みました。そして、タンスエさんやタンタンジャインさんが、ミャンマーから日本に来たこと、日本で生活していることなどを知り、「難民」の問題も考えてきました。この日、お料理を教えていただいて、つくり味わい、直接お話をさせていただいて、故郷の味、故郷での出来事、そして日本でのことを直接伺うことができて心がとてもふるえました。

 「お茶の葉サラダ」

 初めていただきました。お茶の葉っぱをお漬物にし、豆の揚げ物やエビなどとまぜた美味しいものでした。「お茶の葉サラダ」は、ミャンマーの代表的な料理の1つだそうです。私は、ご飯にいろいろなものをのせ、かけていただくことが好きですが、お茶の葉サラダの味、豆などの触感がよく、「お茶の葉サラダ」はたいへん美味しいものでした。

 「自由」

 自由ということについて、とても考えさせられました。タンスエさんが、ミャンマーを出ることになったのは、自由の国をつくりたいと願って声をあげ行動をしたものの、それを社会が許さず、命の危険があったこと。そして、ミャンマーに居ることができず、日本にやってきたこと。その後、タンタンジャインさんが日本にきたこと。その後、30年間、家族と会い、話すことができなかったことなどを語られたのでした。

 「「難民」認定」

 難民認定については、この本や別の本(たとえば、卒業生 平野雄吾さん著『ルポ入管ー絶望の外国人収容施設』ちくま新書。第三章「揺れる難民認定制度」など)から学んできました。タンスエさんらが「『難民』として安心して日本で暮らす」ことができるには、たいへんな「道のり」がありました。日本に来てから8年近くの歳月がたっていました。

 2024年、申請者数12,373人に対して、認定数は190人と少ない(認定率が低い)ことが課題となっています。世界や日本の現実と課題から、紛争や戦争で故郷を追われた人々の支援が求められています。国際協力が重要で、平和と公正を実現するための努力を続けていくことが大切です。SDGsの目標16「平和と公平をすべての人に」を実現していきたいです。

 タンスエさんのことばより。「自由であることがどれほど大切か、少しでも想像してほしいのです。生まれた場所を理由もなく離れたがる人はいません。誰も難民になることなんて望んでいません。そんな人びとがたとえどこに逃れたとしても人間らしくいられる場所を、そして制度を作ってほしいんです。」

 本を書かれた安田さんより。「取材を通して出会った方がたは、思い出がいっぱいつまった「故郷の味」を私にあたたかく分けてくれました。おいしい料理を囲んで、なにげない会話に笑い合うひとときは、誰にとってもかけがえのないものです。だからこそ私も違う国から逃れてきた「難民」の方がたと、自然と言葉や文化の違いをこえて、同じひとときをすごすことができました。どうかみなさんの身近でも、そんな輪を広げてみてください。」

次年度の委員会活動に向けて

先日、後期子ども集会が行われました。

前期子ども集会では、各委員会の活動目標や、各クラスから寄せられた要望などを共有しました。

今回の後期子ども集会では、活動報告や、次年度委員会活動に参加する4年生に向けた委員会紹介を行いました。

自分たちの委員会に興味を持ってもらえるよう、各委員会、劇やオリジナルキャラクターで説明するなど工夫を凝らしながら発表しました。

 

そして先週、今週の委員会活動の時間には、4年生が「インターン」という形で、希望する委員会に見学に行き、6年生に活動のことを楽しく教えてもらいます。ここで4年生は「やっぱりこの委員会がいい!」、「意外とこの委員会がおもしろそうだ」というように、次年度への期待を膨らませていきます。いろいろなことを教えてくれる6年生、4年生の目にはとてもかっこよく映っていることでしょう。

これにて、6年生の委員会の仕事はおしまいになります。

1年間、5年生をリードしながら学校の先頭に立つ大変な仕事、お疲れ様でした。

(現年中児限定)3/25(水)しぜんひろばで遊ぼう会を開催します

2027年度入学説明会のキックオフイベントとして、しぜんひろばで遊ぼう会を開催します。

日時:3月25日(水)

①9:00~9:30

②10:00~10:30

③11:00~11:30

各ご家庭1回のみ。現年中児限定です。

いわゆる説明会形式ではございません。親子で自由に遊んでいただく時間です。

実際に遊んでみて、しぜんひろばの雰囲気を感じていただければと思います。

 

お申し込みは3月10日(火)正午~を予定しています。

 

※先着順となります。ミライコンパスサイト内でのお申込みとなります。
事前にマイページへのご登録をおすすめします。

※雨天中止です。別日への振り替えはございません。あらかじめご承知おきください。

 

皆様のご参加をお待ちしております。

 

 

掃除もばっちり!

3学期もいよいよ終わりに近づいてきました。

入学から1年が経とうとしている1年生、春にパートナーさんから教えてもらった掃除も、今や自分たちだけでしっかりできるようになりました。

机を下げ、水の入った重いバケツを運び、ほうきで床を掃き、床を雑巾がけし…

とってもたくましい1年生です。

 

 

卒業生の授業 新聞記者の荒さん

本校の卒業生で、朝日新聞国際報道部の荒ちひろさんが来校し、6年生に新聞記者の仕事についておしえてくれました。

同時多発テロ事件をきっかけに報道の世界に関心をもったという荒記者。桐朋女子高校在学中の米国留学と大学院でのイスラエルへの留学を経て新聞社に入り、記者として様々な経験を重ねられたそうです。

国内の被災地での取材中の出来事や、ニウエ・グアテマラといった世界各地の駐在先の様子などを、写真や記事を交えて伝えてくれました。

卒業生ということもあり(中村校長先生が担任でした)、6年生の子どもたちにはとても身近な先輩と感じられたようでした。授業後半は次々と手が挙がって質問が途切れず、あっという間に時間いっぱいとなりました。「ニュースの向こうには、必ず”人”がいる。みんなの”気になる”、”知りたい”が未来につながる」との言葉を、子どもたちはしっかりと受け止めていました。

荒記者、貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。

 

 

 

弦楽四重奏、卒業生の演奏会

少し前のことになりますが、プレイルームでミニ演奏会がありました。

桐朋学園大学で音楽を学んでいる皆さんが、四重奏を聞かせてくれたのです。
帰りの会を終えた子どもたちがたくさん集まって、大きさの違う楽器にくぎ付けになっています。

くるみ割り人形から『花のワルツ』や、『アナと雪の女王』のメドレーなど、冬にピッタリの素敵な曲を、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ、の音色で味わいました。

メンバーのうち二人は、桐朋小学校(幼稚園)で学んだ「先輩」でしたので、最後に『初等部の歌』を演奏してくれました。みんなが歌っている楽譜から特別に編曲して準備してくれたのです。
いつもと一味ちがう大人っぽい響きに、会場のみんなが聴き入ってしまいました。

忙しい中、素敵な企画を準備してくれたお姉さんたち、ありがとうございました。

目の前で紡がれる「生の音」に感激した放課後のひと時でした。

幼稚園生から学生さんまで、多様な営みがあるのが仙川キャンパスの魅力のひとつです。
そして、その交流の中心に卒業生がいるのは本当にうれしいことです。

(当時の担任と、パチリ!)